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工業高校が地方小都市を再生する(1)
~「こんにちは」が自然に響く元教育困難校

  • 松田 尚之

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2008年4月11日(金)

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 キャリア教育――最近、マスメディアなどでこの用語を目にする機会が増えた。いつの時代も教育問題は人びとの関心を集める。しかし今なぜ、わざわざ「キャリア」教育なのか。筆者はこれが妙に気になっている。

 文部科学省の「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書」(2004年)は、キャリア教育を、「児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てる教育」と定義している。世間ではもう少し幅広く、「子どもたちの将来の進路を見据え、そこで必要とされる力」「『働く』ことを軸に人生を切りひらき、社会を生き抜いていく力」を身につけさせる教育というニュアンスで使われることもあるようだ。

 ここではそうした一般論をひとまずおくことにする。実は、筆者は筆者なりに、この用語が流行する以前よりキャリア教育について感じていたことがあった。本論に入る前に、少しだけ個人的な思いを述べさせてほしい。

仕事の中にこそ人生の豊かさはある…

 1968年東京生まれの筆者は、郊外ニュータウンのサラリーマン家庭で育った。自分も大人になったらサラリーマンになるのだろう。子どものころ、漠然とそんなふうに考えていた。小学校、中学校の同級生もまた、9割9分がサラリーマンの子。そんな環境にあって、少なくとも筆者の周囲では、真剣に、具体的に自分の生き方を考えている友人はごく少数だった。将来のことなんか、とりあえず上の学校に行ってから考えればいい。親や学校の「進路指導」もそんなものが一般的だったと思う。

 流されるように高校、大学を出た筆者は、予定通り(?)小さな会社に就職し、サラリーマンになった。そして、自分が社会の中で働く一員になってみて、はじめて理解した。ああ、世の中にはこんなにもたくさんの仕事があるのだ。そして、人の数だけ、仕事の苦労や喜びがあり、人生の豊かさがあるのだという当たり前のことを。

 サラリーマンの世界だって、業種や職種、あるいは社風によって仕事の内実はまったく異なる。筆者が子どものころに想像したこともなかった、サラリーマンではない生き方をしている人もたくさんいる。なまものとしての仕事の現実、働く人間の息づかいは、ひとつひとつ繊細な陰影があり、実に興味深い。人生勉強のための最高の教材だ。現在、ビジネス系フリーライターとして多くのワーカーと出会う機会を得た筆者は、そんな思いを強くしている。

 そうこうするうち筆者は、自分が将来の生き方を念頭においた教育=キャリア教育を受けずに育ったことを、「なんだか損をしたなあ」と思うようになっていった。そもそも教育は、子どもたちが将来、本人の持ち味を生かしながら自立することを念頭におき、その準備として行われるもののはずだ。にもかかわらず、親も学校も、働き生きる実感を伝えることに、あまりに不熱心だったのではないか。それが残念だったと感じるようになったのだ。

 自分の将来の具体像に関心を持ち、子ども、青年期を過ごしていたら、もっと充実した密度の濃い人生もありえたのかもしれない……。筆者のキャリア教育への関心の原点には、こうした思いがある。

「キャリア」は“勝ち組”を目指すためのもの?

 一方で筆者は、昨今のキャリア教育の語られ方、注目のされ方に、微妙な違和感も覚えている。冒頭で、今なぜ、わざわざ「キャリア」教育なのかと述べた件である。

 違和感の一つ目は、キャリア教育を、マニュアル化して誰にでも当てはめ可能な教育プログラム、単に従来のカリキュラムに付け足すべき教育コンテンツであるかのようにとらえる風潮についてだ。これはちょっと違うのではないか。

 生まれた土地や時代、生来の気質や資質、家庭などの環境。人間の人生は、たまたま与えられた諸条件に大きく左右される。子ども、若者は、成長とともに否応なしにそれを自覚しながら、少しずつみずからの可能性を育み、大人に脱皮する。自分の将来を考える段階まで来たら、個別具体の格闘を通じて社会的存在としての基礎を築くしかないのだ。

 だとすれば、それをサポートするキャリア教育がのっぺらぼうの一般論であっていいはずがない。顔の見える人間と人間の関係の中で、一人ひとりに対応してきめ細かに行われるのが本来の姿のはずだ。また、人が自分の人生を選ぶときには、運命と呼ぶしかないような導き、偶然のきっかけが大きなはたらきをすることもしばしばある。理想を言えば、キャリア教育はそうした意味での幸福な出会いの場であってほしい。

 上記のような言い方はきれいごとにすぎるかもしれない。しかしキャリア教育の本質が、目の前にいる子ども、若者一人ひとりの人生をどう支えるかというミクロな視点にあることは間違いない。そのミクロな視点から教育全体のあり方を問うことが、キャリア教育を考えるということなのだと思う。

 キャリア教育論に対するもう一つの違和感は、それが子どもたちに「勝ち組」をめざさせる、動機付けの道具のように扱われていることだ。

 わかりやすい例をあげよう。メディアがセンセーショナルに取り上げるキャリア教育実践は、都会の進学校のものが多い。キャリア教育に力を入れることで、生徒の意欲が高まり、有名大学への進学率がアップした、といった「物語」が目立つ。筆者もその価値をまったく認めないわけではない。しかしキャリア教育が直面するべき今の時代の本質的課題はもっと別のところにあると思う。

 大企業で働くホワイトカラーに象徴される高偏差値エリートを「勝ち組」、それ以外の生き方を「負け組」「落ちこぼれ」と見なす。そんな価値観、心性が一般的になり、子ども、若者もその影響を強く受けるようになっている。しかしそれは、バーチャルなキャリア観にすぎない。キャリア教育の意味、真価は、こうして偏りのある情報で頭でっかちになってしまった子ども、若者に、リアルなキャリア観を育むことにあるはずだ。

 リアルなキャリア観を育むキャリア教育の条件とは何か。いま日本では、社会全体のパイが拡大する時代が終わり、少子高齢化、雇用環境の変化、格差社会化が進んでいる。教育界の外にある、この状況を踏まえた上で、どう生涯を展望する道を見出すのか。メディアが煽る「勝ち組」に誰もが入れるわけではない。しかしその人の持ち味を生かした等身大のキャリアは必ずどこかにある。そのことを提示できれば、キャリア教育の役割はひとまず果たせたといえるのではないか。

論より現実、現場に行ってみよう

 現実問題として、特に地盤沈下が著しい地方部に目を向けると、多くの子ども、若者が、非常にシビアな課題に直面していることが見えてくる。自分ひとりの人生だけでなく、家族や地域のこれからを背負って生きていく覚悟を迫られているケースも少なくない。キャリア教育は、そんな彼ら彼女らを励ます、地に足のついた幸福を探る足がかりであってほしいと思う。

 前置きがずいぶん長くなってしまった。

 本連載では、こうした認識をふまえ、論より現実、現場にこだわり、実際に全国各地で進められているキャリア教育事例を紹介していく。最新の実践には、成果も課題も含め、それぞれの地域に固有な現在・過去・未来が凝縮してあらわれているからだ。

 キャリア教育を考えることは、社会との接点から教育を大局的複眼的に捉えなおすことだ。そして同時に、いま子どもたちが切実に必要としている学びとは何かをミクロに探ることでもある。冷静かつ生産性のある教育論議の一助となれば幸いだ。

人口3万人のまち、長井。玄関口の長井駅の風景もどこかのどか

人口3万人のまち、長井。玄関口の長井駅の風景もどこかのどか(撮影・佐藤)

 東京から山形新幹線で約2時間半。温泉とラーメンが名物の赤湯駅で第三セクターのフラワー長井線に乗り換え、さらに約40分。冬場にはかなりの積雪がある山々に囲まれ、最上川を中心に田んぼや野菜、果物の畑が広がる盆地にたどりつく。今回のレポートの主役である長井工業高校は、そんなのどかで小さなまちにある。

 実は筆者には、工業高校に対する、ある先入観があった。率直に言おう。「勉強ができない連中が仕方なく進む学校」「派手な髪型や服装の不良が集まり、ケンカ騒ぎばかり起こしている学校」というものだ。しかし、これはあながち筆者だけの偏見ではないだろう。子どものころから親しんだテレビドラマやマンガの中でも、工業高校は決まってネガティブに戯画化されて描かれていた記憶がある。

 ではなぜ取材先に長井工業高校を選んだのか。そこでは、ひとつの学校の改革と連動して、地域ぐるみのキャリア教育が行われているという評判を耳にしたからだ。結果、全国の教育関係者、まちづくり関係者から静かな注目を集めているのだという。いったい何が起きているのか。いまだぬぐい去れない「怖い」「荒れた」工業高校イメージにちょっぴり腰が引けつつ、大いに好奇心をそそられ、取材の旅に出た。

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