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憲法の意味は実感されているか?

味見なしの料理は不味くて普通(CSR解体新書37)

2008年4月15日(火)

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 テレビで時折、若いタレントや女子大生などが料理をして、それがとてつもなく下手で、出来上がりがまずい、というのをネタにする番組を見かけます。

 どこまで本当なのかは分かりません。バラエティーでタレントがやることはヤラセが大半と、テレビ番組作りの経験があるので思います。でも確かに関連の常識がない人は最近増えているらしい。

 これは身近で聞いた実話ですが、ある高校の家庭科の時間にカレーを作った。実はこれは芸術系の高校なので、やや特殊なのかもしれませんが、野菜を切り、肉をいため、素材を煮込み、ほぼ出来上がったので「ルー」も入れるところまで完成しました。

 さて、最後に「塩コショウ少々で味を調える」という段になった時、担当していた某生徒が、こんなに大きなお鍋なのだからとJT謹製の(?)300グラムだか500グラムだか入りの塩1袋の半分程度、ほぼ完成しているカレー鍋に投入したのだそうです。

 他の生徒たちは洗いものなどに忙しく、最初は気がつかなかったのだけれど、何か大きな白いものをナベの上で逆さまにしているのが目の端に入った。「ちょっと、ナニしてんのっ?」と急いで止めた時にはもう遅く、食塩のビニール袋が半分ほどカラで、残りはナベの中。急いで塩だけ取り出そうとしたものの、覆水ならぬ覆塩盆に帰らず、結局食べられた代物ではなくなってしまったそうです。

味見をしないレシピ調理

 この話には注意すべき点が2つあると思います。

1つは「塩少々」といった曖昧な指示が通じなくなっているということ、つまりルールはできるだけ明確化しなければ危ない時代になっているということでしょう。

 ただ、イタズラに規則を煩瑣にすることには、私はやや疑問を感じます。特に食に関しては、男子7歳から厨房に入って、料理には少し意見のある私としては、何でも「塩小さじ1杯」「砂糖大さじ2杯」などと書いてあるのは興ざめでして、もっと自分の舌で判断せんかい! と言いたくなります。

 もう1つは、味つけをしている人が味見をしないということ。むしろこちらの方が私は気にかかります。塩でもしょうゆでも、一度入れたら「覆水盆に帰らず」取り返しがつきませんから、少しずつ、味を見ながら入れてゆくのが基本です。

 とりわけ塩は、液体に溶かしてしまうと舌に接する面でしか味わえず、大半は味覚と無関係に摂取されて高血圧のもとになったりするので、表面に極く少々、というのが健康志向の強い近年のトレンドです。

 ところが、最近はメディアを通じて「シェフのレシピ」が世に氾濫するようになったせいでしょうか、この作り方の通りにすれば失敗しないという触れ込みの「方法」に頼って、細かな味見などはしない人もいるらしい(というか身近にそういう例を複数知っています)。

 プロがレシピを作る際には、大変な手間ヒマをかけている。そうやって一度方法が確立してしまえば、要所要所だけで事細かに味など見なくてもよいと思いますが、作り方もよく分からない料理では、こまめに味を見ながらチェックしてゆくのが大切です。

 ちなみに冬場に鍋物をすると、完成まで味を全く見ないナベ奉行もいれば、事細かに味見する人もいる。中には「ちょっと味見を」と称して、どんどん先に食べちゃうナベ奉行もいたりして、人様々と思います。

日本の教育の実物・実感不在

 この「紙の上で方法だけ見て、味見をしないで料理する」のに似た傾向は、日本の教育全般に存在するものです。文字面だけ見て、正解と称する文字を書き、それで事なきを得る。こういうことを繰り返しているからうまくいかない。

 例えば歴史の年号だけ無味乾燥に記憶させても、史実とされる現象のダイナミックな動因は実感させない、あるいは力学や三角関数の問題を紙の上で解かせて、ごく簡単な重力加速度の測定や交流の電気実験などをさせない。

 ちなみに物理に関して言えば、原価数十円でできる演示実験などいくらでもあります。教師の創意工夫で実物に触れる教育の工夫は可能ですが、そういう教育ができる体制に、いろいろな意味でなっていない。ちょうど今、そういう内容にも触れる本を4年かかりで書き上げたところで(『バカと東大はつかいよう』朝日新書、6月刊予定、まだ売ってません)、この連載ではまだあまり触れていませんが、「教育」は私たち研究室の一大テーマで、10年来の取り組みを続けています。CSR(企業の社会的責任)が一段落したら、次の次あたりにここでも取り上げたいと編集部と相談しています。

法の学習と実感の距離

 教えられる内容を実感している、いないという点では、従来の司法試験の勉強は、法曹の実務とかなり距離があったという話です。これは、法科大学院の制度が導入されて、この点ではずいぶん工夫が凝らされるようになったと聞いています。ただ、刑事に関してはなかなか限界がある。例えば死刑を宣告する裁判官が、あらかじめ自身も死刑を経験しておくというわけにはいきません。

 起訴休職中外交官の佐藤優さんのように、拘置所に入った経験のある人は、検察官や裁判官、あるいは弁護士も、実務に就く以前に、現実の拘置所内で(身分を隠して)暮らす経験、研修をしてみるとよいと、言われます。刑務所経験のある人に言わせると、拘置所や刑務所へ行き慣れているようで、弁護士はなかなか理解してくれないという。それは、弁護士という確固たる立場ができて、その観点から「ムショ」を見慣れてしまうので、容疑者や懲役の気持ちは分かってもらえないという。

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