「就活戦線異状なし」

「僕が知っている父とは別人のように思えました」

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2008年5月7日(水)

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 大学に入学して3日目。息子の裕貴くんが実家に帰ってきた日のことを、母の里美さんは今でも鮮明に覚えている。

 ずっと実家暮らしだった息子が、初めて一人暮らしをすることになった。炊飯器の使い方、洗濯の仕方、簡単にできる掃除の方法……すべての事柄を手取り足取り教えて、送り出したつもりだった。でも、裕貴くんはたった3日で実家に戻ってきてしまった。大学を辞めると言って。

 ホームシックにかかっているようだった。甘やかし過ぎたのかもしれない、と里美さんは思った。裕貴くんは、大学を辞めようと思う理由をあれこれこじつけた。夜が明けるまで話し込んだ。なんとか大学に戻って欲しいと必死に説得した。

 あれは、裕貴くんが大学3年生のとき。家族で東京へ出かけた。明治神宮に立ち寄った際、記念撮影をすることになった。父の賢治さんがカメラをかまえる。ファインダーの中には、宮社を前に肩を並べる裕貴くんと里美さんの姿があった。

 「こうして息子と肩を寄せ合って、一体これまでに何枚の写真を撮ってきたことだろう」。

 いつものように、裕貴くんはカメラに向かって微笑みかけている。その傍らには、いつものように自分がいる。息子は二十歳になっていた。不自然だと思った。一緒に写りたくないと思った。

 このまま寄り添い続けてはいけない。手取り足取り教える時間は、もう過ぎ去ったのだ。「裕貴、一人で写りなさい」。里美さんが、ゆっくりとフレームから外れた瞬間、父がシャッターを切った。

*    *    *

 就職活動をはじめて約4ヵ月が過ぎた2月、兼本裕貴くんはこんなメールを送ってくれた。

2008/2/19(火) 19:37

明日から金曜日までは説明会が続きます。

今日、親に電話してお金の面について交渉しました。実家に帰ったときに母親の髪型を見て「ああ、美容院に行けていないんだな」と思いました。きっと忙しくて行けないのだろうし、お金も節約しているんだと思います。

こんな状況を見ていると、全国各地の説明会に足を運ぶことをためらってしまう気持ちもありますが、話しをしているうちに、自分の思う就職先に行けないほうが親も辛いのだということがわかりました。

就職が決まったら、バイトをして返すという約束でお金を貸してもらいました。プレッシャーになる半面、本当にありがたいと思いました。

早く母が美容院に行きリフレッシュしてもらえるよう、就活を頑張ろうと思っています。

 母親が美容院に行っていないことに、気づくことができる細やかさと優しさが兼本くんにはある。ただ、こうした性質と就職活動の成否は、必ずしも一致するとは限らない。兼本くんの就職活動は順調とは言い難かった。

 ある企業の面接では、担当官にこんなことを言われた。「キミは中途採用者みたいだね」。担当官がどういう意味を込めて言ったのかは知らない。ただ、決して褒め言葉ではなかったのだろう。その企業から採用の通知が届くことはなかった。

 面接での兼本くんの落ち着きが、担当官にそのようなセリフを言わせたのだと思う。でも、兼本くんは、その年齢にふさわしくないほどに落ち着いていたわけではない。必死に落ち着こうとしていただけだ。ある日のメールで彼はこんなことを言っていた。

 「面接の当日は、朝ごはんを食べるのも忘れて、腹が減っていることも気づかないくらいでした。朝から吐き気が襲っていました。試験会場へ着き、控え室で待っている時もそうでした。人事の方に呼ばれた瞬間、その緊張と吐き気がおさまり、我に戻りました」。

 家族と離れて暮らしてみて、あらためて両親の存在が身に染みた。たった1食の食事でさえ、まともに作ることができない自分。働きながら毎日の食事を用意してくれていた母の苦労を思った。一生けんめいにバイトをしても、わずかなお金しか稼げない自分。毎晩夜遅くまで働き、二人の子どもを懸命に育ててきた父の偉大さを知った。

 ちゃんと就職することが、両親への恩返しになる。だから、最後まで弱音は吐かない。父と母がそうして生きてきたように。兼本くんのメールの結びは判を押したように、いつもこの言葉で締めくくられていた。「頑張ります」。

 母が願っていたように、息子は1歩ずつ、自立しようと踏ん張っていた。朝、ひとりで起き、食事の支度をし、スーツを着て、ネクタイを締め、電車に乗り、仕事さがしに出掛けた。

 自己分析を何度もした。こまめに就職フェアに足を運び、いろいろな企業を見て回った。面接対策も練った。同じ失敗はもう二度と繰り返したくない。行きたい業界も、やってみたい職種も、自分なりに見つけた。

 しかし、第一志望である企業の採用試験が間近に迫っていた3月中旬、父の賢治さんがヘルニアを悪化させ、立てなくなったという報せが兼本くんに届いた。

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著者プロフィール

双里大介(そうり・だいすけ)

双里大介

1968年生まれ。愛知県一宮市在住。「働く」をテーマにしたルポを地道に執筆中。これまで取材した企業は約3000社以上。額に汗して働く名もなき人々の「生きっぷり」を追い続けている。日経ビジネスオンラインで「就活戦線異状なし」と「ニッポン“働き者”列伝」を執筆中



このコラムについて

就活戦線異状なし

 インターネットで可能になった大量エントリーが、就職活動を根こそぎ変えた。学生たちは不安を煽られ、自分探しの罠に足を取られ、メールによる不採用通知に心を曇らせ、「やりがい」を探してさまよっている…。80年代に社会人になった中堅層からは信じられないほど変貌した「シュウカツ」の世界を、学生の目線で覗いてみませんか。彼らはこんな思いをして、あなたの職場にやってくるのです。

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