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工業高校が地方小都市を再生する(4)
~誰が「普通の子」の幸せを考えるのか

  • 松田 尚之

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2008年5月9日(金)

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 廃校危機にまで陥った工業高校が、同じく苦境を迎えた地元地域の支えを得て、実践的なものづくり教育で再生しつつある。これまで3回にわたり、山形県立長井工業高校のキャリア教育物語を紹介してきた。

 筆者が取材の過程でもっとも強く感じたのは、学校づくり、まちづくりに賭ける関係者の静かな熱意だ。率直に言って、長井で行われていることは特に目新しい内容ではない。画期的なカリキュラム、教育方法で飛躍的に生徒の学力が伸びた、といった派手なサクセスストーリーもない。あるのは強い危機感と、それをバネにした長期的で遠大な構想。再生に向かい、それぞれが自分の持ち場で、今できることを地道にやろうとする粘り強さだ。

 長井工業高校のキャリア教育の意義、成果が、本当の意味で評価されるのは10年、20年先のことだろう。しかし現段階でも、同校から社会に巣立った若者の証言を得ることで、その教育経験がのちの人生に与えた影響について考察するヒントを得られるのではないか。そう考えた筆者は、取材の最後に、1990年代~2000年前後の転換期にあった長井工業高校で学び、現在も長井市内で暮らす若者に話を聞いてみることにした。

「ものづくりの仕事は飽きることがない」と語る五十嵐早苗さん(撮影・佐藤)

「ものづくりの仕事は飽きることがない」と語る五十嵐早苗さん(撮影・佐藤)

 一人目は、2002年春に電子システム科を卒業した五十嵐早苗さんだ。現在、五十嵐さんは、当連載で何度もご登場いただいた長井工業高校体育文化後援会会長の吉田功さんが経営する吉田製作所に勤めている。担当は、ワイヤーカット放電加工機という装置を駆使した精細金属部品の製造だ。顧客からの厳しい精度要求に応える製品づくりには、コンピュータプログラミングの専門知識と、装置の「くせ」を知り尽くし微調整しながら使いこなす職人技が求められる。

 一日の仕事を終えた後に取材に対応してくれた五十嵐さんは、けっして多弁ではないが、質問に対しては正確に、誠実に答えてくれる、芯の強さを感じさせる女性だった。コツコツと丹念にものづくりをする仕事には、ぴったりの適性がありそうな印象だ。前後の工程担当者との細かい打ち合わせが不可欠な業務だが、職場の先輩たちとのコミュニケーションも丁寧で、信頼できる仕事をしている、という評判を聞くことができた。

 長井市内で両親と姉一人の家庭に育った五十嵐さんは、高校進学段階で自分の将来についてはっきりした見通しを持っていたわけではなかった。ただ、できれば早く地元で就職して自立したいと考えていたこと、パソコンに興味があったことから、長井工業高校を志望した。一般的には珍しい女子の工業高校進学についても、抵抗感はなかったという。

「親は、地元の公立なら安心だし経済的にも助かるという意見でした。米沢あたりまで通えないことはないんですが、片道1時間はかかります。第三セクターの長井線で通学となると、交通費もばかになりませんから。市内には長井工業高校と長井高校があるんですが、進学校の長井高校はちょっと大変。それならコンピュータ技術が学べる長井工業高校がいいと思いました」

「中学校の先生は、やりたいことがはっきりしているならいい学校だよ、と言ってくれました。毎年先輩もたくさん進む学校ですし、電子科なら女子も学年に十数人はいると聞いていたので、特に不安はありませんでした」

「打てば響く」生徒たちは「あの高校に行きたい」という気持ちから

 当時の長井工業高校は、廃校危機を何とか乗り越えた時期。学校と地域がコミュニケーションを深め、産業界や親たちの声を生かした学校づくりが進められたことは第2回で述べた。県内の高校としてはじめて国家資格である技能検定合格者が出たのは、五十嵐さんが中学3年生だった1998年秋のことだ。五十嵐さんの両親や中学校教員が長井工業高校への進学を後押ししたのも、こうした学校の姿勢が地域で評判になっていたせいかもしれない。

 五十嵐さんは、機械・電子・化学工学の旧3学科で募集が行われた最後の年度(1999年)の入学生にあたる。2年生まで旧校舎で学び、3年生になったときに新校舎に移った。在学中、大きな過渡期にあった長井工業高校を、一生徒としてどのように見ていたのだろうか。

「私の下の学年から福祉システム科が新設され、女子が一気に増えたのはよく覚えています。学校の雰囲気が明るく、行事なども盛り上がるようになりましたから。印象に残っているのは、この時期から生活指導がちょっと厳しくなったことです。悪い意味ではなく、先生方の『気合い』のスイッチが入ったというか……。服装の乱れ一つにしても、きちんとチェックされるようになりました。今思えば、校舎が新しくなったのをきっかけに、学校を生まれ変わらせようと燃えていたのかなと思います」

 この五十嵐さんの回想に関しては、別の学校関係者の興味深い証言もある。学科再編が行われた2000年ごろから、「打てば響く」生徒が増えた。結果、授業のみならず部活や行事、学級運営等でも教員の指導が空回りせず、学校が活気づいたというのだ。この時期、同校の入学難易度が急に上がったわけではない。ただ客観的に言えるのは、市内の中学校出身者を中心に、長井工業高校を「主体的に選んで」入学した生徒が増えたことだ。

大きな装置がすらりと並ぶ職場で先輩社員に囲まれて(撮影・佐藤)

大きな装置がすらりと並ぶ職場で先輩社員に囲まれて(撮影・佐藤)

 五十嵐さんに、卒業後6年目の現在から振り返って、長井工業高校に行って良かったと思うことを尋ねてみた。すると二つの点について答が返ってきた。

「まず一つは、いまの仕事にもつながる、いろいろな実習授業を経験できたことです。長井工業高校では、電子科の生徒も、機械を使った加工など、幅広くものづくりの基礎を学ぶカリキュラムが組まれていました。もともとパソコンを使った情報工学のようなことに関心があったんですが、やってみると工作のようなものづくりも意外におもしろくて。もちろん教科書を使った授業もたくさんあるんですが、印象に残っているのは頑張って寸法どおりの作品を仕上げたときのうれしさですね」

「もう一つは、いい仲間がたくさんできたことです。生徒会の役員をしたり、剣道部のマネージャーをしたりで、同じ学年だけでなく、上級生とも下級生とも仲良くなれました。特に女子同士は、人数が多くなかったこともあって、中学時代にあまり話したことがなかった子とも深い話をするようになりました。実習の授業は、共同作業が多く、いろいろ助け合う機会もあります。正直、私はもともとそんなに社交的な性格ではないんです。でも少しずつですが、人間関係の中で自然に自分を出せるようになりました」

高校が同世代の絆を育んだ

 二点目については注釈を加えておきたい。長井のような小さなまちでは、そこに暮らす同世代の絆の意味が、都会以上に大きい。特に長井工業高校は、卒業生の多くが地元のコミュニティで生きていくことを暗黙のうちに想定している学校だ。そう考えると、五十嵐さんがここで仲間を得たことを強調した意味が響いてくる。筆者は、五十嵐さんの中に、長く人生の支えとなる友人を得られたことへの思いがあるのではないかと想像した。こうした側面は、地方部の、特に実業系高校の存在意義として、けっして無視できない要素だと思う。

 五十嵐さんが長井工業高校を卒業し、現在の職場への就職を決めた経緯について。当時(2000年代初頭)は、けっして高卒者の求人市場が活性化していた時期ではなかった。しかし地域での存在感を徐々に増していた長井工業高校には、長井市内、山形県内の企業を中心に少なくない求人票が届いていた。その中で五十嵐さんが吉田製作所を選んだのは、担任教員のすすめが決め手だったという。

「先生に、コンピュータを使う仕事をしていたいと希望を伝えていたんです。それを覚えていてくれて、長井工業高校の先輩もたくさんいるし、責任を持ってすすめられる会社だから試験を受けてみたらどうかと言われて。実際に現場も見学させてもらい、雰囲気がよく仕事にも興味を持てそうだったので、お世話になることに決めました。後で聞いたところ、会社側としても女性を採用したいという考えがあったそうです。先生も早い時期から、この会社に私をと考えていてくれたのかもしれません」

求人票ではなく、まちなかで顔を合わせる関係性

 強調したいのは、長井工業高校では、求人票という無味乾燥な書面を通じて学校と地元求人企業がつながっているわけではないことだ。吉田製作所の場合、約30名の従業員のうち長井工業高校の卒業生が約半数を占める。各年代にこれだけ卒業生がいれば、当然双方の理解と信頼は深まる。社長と教員、同校OB従業員と教員が、まちなかで顔を合わせて雑談をかわすことも珍しくない。

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