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「ネクタイを結んでもらえませんか……」

  • 双里 大介

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2008年5月29日(木)

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 木下一夫(仮名)が男子学生専用のアパートを経営し始めて20年以上が過ぎた。親代わりと言えるほどの大げさなことは、何もしてあげられない。でも「大家」という立場で学生たちに何がしてあげられるのか、木下はずっと考えてきた。

 昭和58年に建てた鉄筋2階建てのアパートには、6畳のワンルームにユニットバス付きの部屋が26室。今年の春も、社会へと巣立っていった4年生の部屋が空き、新たに新1年生が入居した。

 入学式の朝、1年生たちが木下のもとを訪ねてきた。「ネクタイを結んでもらえませんか……」。ほとんどの学生は、まだネクタイもうまく結べない。でも、当然だ。彼らは、つい1ヵ月前まで高校生だったのだから。初めてのスーツ、初めてのネクタイ、初めての一人暮らし。木下は、一人ずつのネクタイを丁寧に結んでやる。

 ネクタイを結び終えた後は、恒例の記念撮影がはじまる。一人ひとりの写真と、1年生みんなでの集合写真と。こうしてこれまでも、何百人の学生たちの姿をカメラに収めてきた。

 アパートの階段の下で、ぎこちないスーツ姿でカメラに笑いかける学生たち。この4年間、いろんなことがあるはずだけれど、とことん楽しんで、学生時代を満喫してほしいと願わずにはいられない。

 「息子さんは今日、無事に1歩を踏み出しましたよ」。丁寧な手紙を添えて、木下は親元へ記念写真を送り届けた。

*    *    *

DATE:2008/5/14(水) 18:54

今日はめずらしく15時くらいに帰宅して、
ごはんを作ったり、テレビを見たりして過ごしました。
久しぶりにのんびりしています。
明るい時間に部屋にいるのは不思議な気分です。
先日面接した会社は、落ちました。
やっぱりなーと思いつつ、でも少しがっかり。
複雑な心境です。また振り出しですよ。
明日は久しぶりに仲良しグループで集まるんですけど、少し行きたくないです。
就職の話しになったらテンションが下がりそうで……性格の悪い私。
今から次回の選考の作文と履歴書作成に取りかかります。

 大学3年生ともなれば、長期間部屋を空けて、就職活動に出掛けていく学生も多くなる。何年間も顔を突き合わせていれば、元気がない時の学生の表情は手に取るようにわかる。久しぶりにアパートに帰ってきた学生は、顔を合わせても、挨拶もそこそこに部屋へ閉じこもってしまう。

 何かうまくいっていないのだろうと思う。でも、自分が直接何かをしてあげられるわけではない。彼らは、彼ら自身の力で人生を切りひらいていかなければならないのだ。

 木下の自宅は、学生のアパートのすぐ裏手にある。リビングからは、アパート全体が見渡せるようになっている。リビングのカーテンは、就寝するまで開けっ放しだ。もちろん、家の中が丸見えになってしまうが、あえてそうしている。

 学生の部屋に明かりが灯ると「帰ってきたな」と思う。学生は、リビングの明かりを見て「大家さんがいるな」とわかる。お互いの明かりがいつも確認できる。ただそれだけのことかもしれない。でも“それだけのこと”が、今の彼らにはとても大切なのではないかと木下は思う。

 元気なく学生が部屋に入っていた日は、リビングのカーテンをいつまでも閉めることができない。明かりがついていることくらいでは、気休めにもならないかもしれないが、窓の外が真っ暗闇よりは、ひとつでも明かりが灯っていたほうが、何となくでも安心してもらえるのではないか。

 昔は、たくさんの遊びと、ほどほどの勉強をして大学4年間を過ごし、就職も「入れるところを探す」という感じで、学生からそれほど切迫した気配は感じられなかった。

 今はどうだろう。遊びも切り上げて、ほとんどの学生が3年生の秋頃から就職活動をしている。就職活動は以前と比べて格段に早い時期から始まり、子どもたちは1日でも早く大人になることを求められる。

 以前、学生からこんな話しを聞いたことがある。「就職活動の相談を父親に持ちかけたら、“えっ、俺に聞くの?!わかんないよ。でも、自分がいいと思う道に進めばいいと思う”と言われた」。ぜんぜん相談になってないと、その学生は嘆いていた。

 大人は大人で、自分のことで精一杯な時代なのだろう。企業は企業で、会社を成り立たせていかなければならない。時代の流れは早い。大人たちも自分がついてくことに必死なのかもしれない。

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