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「修復的正義」はいかにして可能か?

応報・懲罰の呪縛を解消するために(CSR解体新書45)

2008年6月12日(木)

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写真1

どこの農村でしょう?

 今回はまず、のどかな農村風景をご覧いただくところから、話を始めたいと思います。実によさげな田んぼです。いったいどこの景色でしょう? 私の日常行動範囲ですと、都内とつくば学園都市の間にこんな眺めをよく見ます。

 多くの読者はすでにお気づきと思いますが、この写真は私がルワンダで撮影したものです。「ルワンダは日本と似ている」と思う点はいろいろあるのですが、第一に思うのは、田畑の風景です。上の写真は南部の町ブタレにあるルワンダ国立大学農学部の実験農園です。ここでの取り組みに関する話題もいずれご紹介することにしたいと思います。実を言えば、ルワンダの農業改良には隣国ケニアのジョモ・ケニヤッタ大学などが関わっており、ケニアの農業改良にはJICA(国際協力機構)をはじめとする日本の援助が入っているので、ルワンダの農村が日本と似ている一因は「隔世遺伝」と言ってよい側面があるらしいです。

写真2

「アフリカの富良野」ルワンダ(キガリ近郊)。目の前に植えられているのはコーヒー、すぐ先にバナナ畑が見える

 車でルワンダ国内を走っていると、田畑の風景が日本と似ていたり、場所によってはやたらと欧州っぽかったり、いずれにしても何かの「既視感」に襲われることがとても多い。なにか懐かしい感じがする。右の写真は首都キガリ近郊の村落の畑です。実際に歩いてみると気候は涼しく、「コーヒーやバナナが植えられている北海道・富良野近郊」といった感じがします。実に豊穣で有産な畑が続いている。GDP(国内総生産)だけで国の豊かさを計ることの是非を考えてしまいます。

写真3

ミーティングでの佐々木和之さん

 それにしても、どうしてこんな平和で豊かな場所で、内戦や殺し合いが起きてしまったのか? その一因はこの土地の「豊かさ」そしてアフリカ一と言われる高い人口密度にあるようです。そして農業復興にも日本の援助が入ったように、ジェノサイド以後の社会関係回復にも、現実に多くの日本人が尽力しています。今回は「修復的正義」の実現に取り組む日本人ボランティア、佐々木和之さんの活動についてご紹介したいと思います。詳しい活動内容についてはこちらもご参照下さい。

コメント6件コメント/レビュー

かなり根本的な問題を突いておられると思います。犯罪者個人について視点からコメントします。教育の世界では、罰よりも誉めることのほうが効果が高いというのは常識で、犯罪者の矯正は例外ということはありません。ただし、「飴」だけでは限界があるのも事実で、「飴」と「鞭」のそれぞれの限界と役割を整理して使い分けるということが最適解ということになるのだと思います。たとえば米国の麻薬犯罪の取扱いなども、罰か更生かを選ぶ仕組みになっています。この場合、「依存症」という病気がからむという事情もありますが、どのような犯罪でもなんらかの「背景」はあるわけで、「背景」への対応なしに罰だけでなんとかなるものではありません。(2008/06/12)

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いただいたコメント

かなり根本的な問題を突いておられると思います。犯罪者個人について視点からコメントします。教育の世界では、罰よりも誉めることのほうが効果が高いというのは常識で、犯罪者の矯正は例外ということはありません。ただし、「飴」だけでは限界があるのも事実で、「飴」と「鞭」のそれぞれの限界と役割を整理して使い分けるということが最適解ということになるのだと思います。たとえば米国の麻薬犯罪の取扱いなども、罰か更生かを選ぶ仕組みになっています。この場合、「依存症」という病気がからむという事情もありますが、どのような犯罪でもなんらかの「背景」はあるわけで、「背景」への対応なしに罰だけでなんとかなるものではありません。(2008/06/12)

根拠や基準を明確にすることは今の日本では多くの人々にとってなるべく避けたいことなのですから難しいでしょう。多くの人が失敗や過ちを認めたら終わりだと考えています。論理的に突き詰めて原則や基準を明らかにすることは、逃げ場を無くして過ちを認めざるを得なくなるリスクを犯すことになりますし、空気を読んで柔軟に勝ち馬に乗る上での足かせにもなります。そうして明らかに不合理であっても、非を認めるより可能なら力関係で押し切ってしまおうとする傾向が生じます。その結果が「お上の無謬神話」であり、そうした状況に適応するために「空気を読む」ことになるのです。こうした態度は日本社会の本質的な部分から来るものもありますが、主に東京からメディアを通じて全国に普及したものです。中央官庁や本社といった巨大な権威が目の前にそびえているからこそこうした態度が育まれ易いのでしょう。そして、その源泉は鎖国していた江戸時代に醸成されたものではないでしょうか。こうした態度は限られた範囲で完結している安定的な社会の中での幸福だけを考えるなら有効だからです。(2008/06/12)

修復的正義と応報的正義。秋葉原の事件後、僕の中で対立していた概念が、この言葉を得て肚の底に落ちてゆきました。同時に、自らの信念がはっきりと見えてきます。トラウマのような世代間の怨恨。持つ者の支配と持たざる者の服従。持たざる者の不平と持つ者の恐怖。革命への誘惑…心に平安を得たくとも、これらを鎮める鎮魂歌を、僕はまだ知らない。伊東さんは、たまにこちらを振り返りながら、背中が見える程度に、常に少し先を走っていてくれる。救われます。いつもありがとうございます。(2008/06/12)

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