「金ぴか偉人伝」

丁稚が創った「国家予算を超える会社」

金子直吉伝・1

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2008年6月30日(月)

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 日本は明治維新で国を開いたものの、ずっと貧乏だった。
 資源のない国は交易で立たねばならぬ。

 ところが商人たちは「不平等条約」で外国商館に首根っこを押さえつけられた。関税の自主権もなければ、治外法権で外国の商人がカネを払わなくても泣き寝入り。マルコ・ポーロが「ジパング」と呼んだ黄金の島から「金(きん)」の正貨は羽が生えたように海外へ飛んでいった。

 その頃、世界経済は「金本位制」で動いていた。金を本位貨幣として通貨の単位価値と一定量の金が兌換され、自由貿易を介して等位で結びつけられるしくみ。早い話が、円だ、ドルだ、ポンドだといっても世界共通の通貨は金だったのだ。金の流出に慌てた明治政府は、金銀複本位、銀本位と身をよじらせるように制度を変え、日清戦争後に金本位に復帰した。日本は本格的に世界経済に組み込まれる。だが、貧しさは苔のように社会を覆った。

 外国にモノを売って金を奪還し、蓄えねば富国は夢に過ぎない。

 ここで、「国を背負って金を奪れ」と勇猛果敢に挑んだのが、(五輪選手ではなく)維新で士農工商の身分制から解き放たれ、地べたから這い上がってきた男たち。かれらは腹に「士魂商才」、世界と直に勝負をした。こんにちの日本経済の土台をつくったのは、間違いなく、この「金ぴか」な人びとである。

「初夢や 太閤 秀吉 奈翁(ナポレオン)」。(白鼠※)

 いまから90年ほど前、日本の国家予算を超える年間売り上げを記録する会社があった。
 鈴木商店。
 神戸に拠点を置く商社である。
 神戸製鋼、帝人、双日、IHI、太陽鉱工、サッポロビール、日本製粉……現代に続く錚々たる企業が、鈴木商店を母胎にしている。

金子直吉の胸像

金子直吉の胸像

 その鈴木商店の総帥・金子直吉は、決断力と実行力から「財界のナポレオン」と呼ばれた。資源のない日本を交易立国として羽ばたかせる原動力となった。「生産ほど尊いものはない」が口癖で、ありとあらゆる産業を興した。

 史上最大の起業家である。

 だが……昭和金融恐慌のただなかで鈴木商店は倒産してしまう。その一事をもって教科書的な歴史観は金子直吉を単なる「成金」のように扱う。はたしてそうなのか。

 金子直吉と鈴木商店は、常に世界経済と直に向き合っていた。

 その興亡を丹念に追うと、政治や経済が何によって動かされているかが見えてくる。金子直吉の人生にホコリをかぶせておくのはもったいない。金子の世界を相手にした「大欲」と「美学」は、内側へ内側へと萎縮しつつある21世紀の日本に強烈な刺激を与えるだろう。

 鈴木商店は倒れたけれど、破産はしなかった。世紀を超えて大輪の花を咲かせている。

(※白鼠は、鈴木直吉の俳号)

 樟脳(しょうのう)の相場が、火の粉を巻き上げて高騰している。
 鈴木商店の番頭、金子直吉は、蒼ざめて大阪の街を歩いていた。

 このままでは、店を潰してしまう。どないしょう。旗売り(先物の売約=空売り)に手をだしたばかりに……。悔いても、時計の針は戻せない。

 「お家さん」と呼ばれる女主人「よね」は、直吉の大ミソにも「仕方ない。北浜の兄さんらに相談しましょ」と腹の太さを示してくれたが、その信頼に応えられなかったことがかえって辛い。お家さんと一緒に神戸から大阪に来て、後ろ盾と頼む人たちとの鳩首会談に臨むも、あまりの事の重大さに、

「直吉、善後策と併せておまえの一身上の話もするさかい、ちょっと座を外してくれ」

 と、追い出された。直吉の、ただでさえ虚ろな斜視が、宙をさ迷った。

 ときは、明治29(1896)年1月。日清戦後の講和条約が調印されて「台湾」が日本の新領土となって一年も経っていない。樟脳の高騰は、この台湾領有と深く係わっていた。

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著者プロフィール

山岡 淳一郎
(やまおか・じゅんいちろう)

山岡 淳一郎1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマとして、政治、経済、近現代史、医療、建築など幅広く執筆。「3・11」以後は、福島県南相馬市、相馬市、福島市などで取材を重ね、「アエラ」他に連続的に短編ノンフィクションを掲載中。『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄 封じられた資源戦略』『国民皆保険が危ない』『原発と権力 戦後から辿る支配者の系譜』ほか著書多数。ブログはこちら。(写真:GOH FUJIMAKI)

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