「就活戦線異状なし」

コマが一気に黒から白へ。
逆転の1枚はいつも自分が持っている

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2008年6月30日(月)

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 今年4月、小宮健実(38)は、採用や社員育成に関するコンサルタント会社「採用と育成研究社」を立ち上げた。社員はわずか二人。小さなちいさな船出だ。

 船出に至るまで、小宮は13年間の会社員生活を経験している。今でも、決して忘れることのできないエピソードがある。

*    *    *

 「SEをやってみたい」。小宮が手を挙げたのは、入社して3年目のことだ。

 大学を卒業後、大手IT企業に入社。小宮は人事部に配属されていた。とくに人事の仕事が嫌になったわけではない。ただ、何となく「このまま人事にいても……」と思い始めていた。世の中にインターネットが普及し始め、ネットワーク化という言葉が少しずつ登場し始めた頃。SE(システムエンジニア)は時代を担う花形職業として脚光を集めつつあった。

 文系出身の自分にできるだろうかという不安はあった。しかし、上司に言われた。「うちは、社内教育がしっかりしているから大丈夫」。そのひとことで決心がついた。小宮はSEとして働き始めた。

 言われた仕事はこなしていた。「SEとしておまえはダメだ」と言われたこともなければ、大きな穴を開けて顧客からクレームをもらったこともない。誰もが普通に接してくれていた。でも「できていない」ことは、自分が一番良くわかっていた。

 入社してからずっとSEの職に就いている同期は、自分の3年先を走っていた。何とか追いつこうと努力しても、同期も努力を続けているから、一向にその差は縮まらない。

 何よりもつらかったのは、新入社員と自分のレベルがほとんど変わらないことだった。「先輩、この部分を教えてください」。先輩なんだから知っているだろうと、新入社員が質問を投げ掛けてくる。「わからない」とは言いたくない。その場は繕って、会社の帰り道、本屋に駆け込んでこっそり解説書を手にするが、その解説書さえ読み通せない。

 自分はイケてない社員だと思いながら、3年間SEを続けた。もう人事に戻るわけにもいかない。小宮は転職することを心に決め、少しずつ準備を始めていた。

先ばかりを見ていると、自分の経験の価値に気付けない

 転職に必要な職務経歴書や自己PR文を書こうと、小宮はこの6年間を振り返ってみた。そこで、まったく頭から抜け落ちていた“当たり前の事実”にあらためて気が付いた。「自分は同期から3年遅れていると思っていたけれど、人事を3年間やった経験があるじゃないか」。

 追いつきたい。追いつかなければ。その一心で努力してきた3年間。先ばかりを見ていたから、見失い、蓋をしてしまっていた“事実”。小宮は、上司のところへ足を運び、告げた。「人事システムのプロジェクトがあれば、私を入れてください。人事の経験があるので、人事関連の話なら顧客と結構できます」と。

 上司は、キーボードをカチャカチャと打ちながら、あっさりと答えた。「そうか、わかった。おまえに仕事を取ってくるのはオレだから、少し待ってて」。
 この上司はこんなに格好よかったのかと、このとき初めて気が付いた。

 約束どおり、上司は人事システム構築のプロジェクトを探し、小宮をメンバーに入れてくれた。SEとしての自信はまったくない。だから、顧客とは技術的な内容よりも、人事についての話しをした。顧客は「人事経験のあるSEなんてめずらしい」と、事あるごとに「小宮さん、小宮さん」と相談を持ちかけてくれるようになった。

 人事の経験があること。この事実にしがみついていけば、何とかSEとしてやっていけるかもしれない。その後の小宮は、人事経験を前面に押し出して仕事をした。可もなく不可もなくのSEに、さまざまなオファーが舞い込んでくるようになった。

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著者プロフィール

双里大介(そうり・だいすけ)

双里大介

1968年生まれ。愛知県一宮市在住。「働く」をテーマにしたルポを地道に執筆中。これまで取材した企業は約3000社以上。額に汗して働く名もなき人々の「生きっぷり」を追い続けている。日経ビジネスオンラインで「就活戦線異状なし」と「ニッポン“働き者”列伝」を執筆中



このコラムについて

就活戦線異状なし

 インターネットで可能になった大量エントリーが、就職活動を根こそぎ変えた。学生たちは不安を煽られ、自分探しの罠に足を取られ、メールによる不採用通知に心を曇らせ、「やりがい」を探してさまよっている…。80年代に社会人になった中堅層からは信じられないほど変貌した「シュウカツ」の世界を、学生の目線で覗いてみませんか。彼らはこんな思いをして、あなたの職場にやってくるのです。

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