「地上げ屋の道徳教育」

【第2話】サイフに常時100万円、それで己に克てたのか?

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2008年7月16日(水)

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 地上げ屋、小川宇満雄は月1回、2人の子供に道徳教育を始めた。いじめに回らない、いじめに負けない子供にしたいと考えたからだ。最初に選んだテーマは「心の強さとは」。人間の強さは心の強さであると説く。立ち退き交渉という札束が飛び交う世界で人の本質を見続けた男の道徳論とは。

「克己心」

小川:おい、お前ら。今日のテーマは克己心(こっきしん)や。

サクラ:何?

小川:知らんと思うけど、こう書くんや。「克」「己」「心」。

サクラ:ほんで、これどういう意味?

小川:おう、これはな、自分に克つ心っていう意味や。「己」は自分自身。「克つ」は「勝つ」と同じような意味や。

リュウジ:えっ、自分と勝負するん?

小川:まっ、そやな。ある意味、自分自身との闘いやわな。辞書には「自分の欲望や邪念にうち勝つこと」ってあるで。前にお母さんがユウキ(※編集部注:2歳になるサクラとリュウジの妹)を生んだ時、サクラは千羽鶴を折ったやろ。あれ、結構しんどかったと違うか。

サクラ:しんどかった。

小川:「もうしんどいなぁ」「やめようかなぁ」という自分と、「アカンアカン、頑張って最後まで完成させな」という自分がおった。サクラはその時、自分との闘いに勝ったから、ユウキが生まれる前に千羽鶴を完成させることができたんや。

サクラ:ふーん。

お母さん:そやで、サクラは偉いな。ありがとう。

小川:まあ、こういうことも克己心の1つや。前に話した「心の強さ」はこの言葉に関係するんやで。

リュウジ:そうなん?

小川:そら、そうやろ。やっぱり人間、楽な方を取りたい。学校でも授業中に先生の話を聞くよりも、友達とコソコソ話している方が面白いやろ。そういう時は、克己心という言葉を思い出せ。大事な言葉やぞ。大人になっても絶対、忘れるなよ。分かったな。

サクラリュウジ:ハイ!

小川:ほな、書けよ。

「克己心とは、自分に勝つ心。すなわち強い心。すなわち実行力」
「すべての人間の力は克己心を持つ人に備わる」
「克己心とは、物事を人のせいにしない、人を頼らない、すべて自己責任で生きる」
「克己心とは、自分の立場を考えて正しい行いをするために必要な力」

小川:ちょっと難しすぎたかな。でもな、お前らに、欲に負けない強い人間になってほしいから難しいことを言うんや。お父ちゃんな、自分を信じてここまでやってきた。カネを稼ぐこともできたと思う。それについては、何も後悔してないで。ただな、今から考えると無茶もした。克己心という言葉に照らして、自分の欲望に克ったんやろうか、と思うこともある。

****

 小川は1959年に愛媛県で生まれた。ミカン畑を営む生家は集落の中でも裕福だったが、小川が2歳の時に父親が小豆相場に手を出して散財。愛媛の生家を追われた。その後、一家揃って大阪に上京。すぐに父親は森ノ宮(大阪市城東区)で風呂釜の製造を始めた。

 高度経済成長の追い風もあり、父親の会社は順調に業績を伸ばした。最盛期には、東成区に400坪の工場を所有するなど隆盛を誇った。だが、経済成長の鈍化とともに会社は傾く。そして1981年、小川が22歳の時に父親の会社は倒産した。

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著者プロフィール

篠原 匡(しのはら・ただし)

昭和50年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、日経BP社に入社。以後、主に「日経ビジネス」の記者として活動している。趣味は競艇と出張、庭いじり。著書に『腹八分の資本主義』(新潮社)、『おまんのモノサシ持ちや』(日本経済新聞出版社)がある。

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