「地方再生物語」

なぜタイ焼は値上げしないのか?

原料高騰どこ吹く風、強いニッポンの味

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2008年7月10日(木)

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 写真仲間からメールが届いた。38歳、会社勤めの独身女性。

 「渋谷のデパートで戸邊(秀治)さんの米を買いました。1キロ2940円でした。高価なので躊躇しましたが、思い切って2キロ買いました。

―中略―

 あらためて自分の食生活を振り返ってみると、やっぱりパンや麺類が多く、ご飯が主食とはとても言えません。

 本当は、炊きたての白いご飯と味噌汁が好きなのですが、朝のあわただしい時間や疲れて帰宅したあと、米を研いだり、水に浸したり、炊きあがってから蒸らすという時間の余裕など、とてもありません。

 そんなわけで、めったに食べない白いご飯だから、おいしいお米を買って、休みの日に丁寧に炊こうと思いました…」

 新潟の米農家ルポに血道をあげている筆者に、“めったに食べない白いご飯”、という、良くも悪くも新鮮な、日本人の存在が浮上した。勢い込んで友人や知人に聞き込みをしてみれば、依然として米派が多いものの、朝はパン食、昼は麺類といった小麦派が、やはり多いと感じた。

小麦文化に侵食される米文化

 筆者も無類の粉もん好きである。うどんにパスタ、ラーメンにパン。安い米を常食していることもあって、食費に占める小麦の割合は、ざっと4割程度。日本人が1カ月間にパン・麺類に支出する額は4173円。それに対して米は2191円(総務省「家計調査」平成20年5月・2人以上勤労世帯)。小麦の価格は高騰し米価は下落という背景を考えても、稲作文化が小麦文化に侵食されている印象は免れない。

 小麦が日本の食卓を一変させるのだろうか。ふと、好物が脳裏をよぎった。

 タイ焼。

 短気な性分だが、行列に並んでも買う菓子がタイ焼だ。こうばしい小豆餡の香りとパリッと焼かれた小麦の噛み応えが絶妙な取り合わせの餡菓子だ。しばらく食べないでいると、無性に欲しくなることがある。日本中のタイ焼を食べ歩き、タイ焼の本まで出版するという、熱狂的なタイ焼ファンでもある。

 子供が100円玉を握りしめて、タイ焼店に走りこんでくる、そんな庶民的な光景を幸せの構図と思い込んでいる。願わくば絶滅に瀕することなく、いつまでも子供たちをいざなう庶民菓子であってほしいと念じている。

小麦価格の高騰がタイ焼を直撃しているのでは…

 しかし、タイ焼の周辺はさまざまな不安要素がある。なんといっても、小麦価格の高騰による経営悪化が心配される。日本国内で1年間に消費される小麦、およそ620万トンのうち、8割が米国とオーストラリアからの輸入である。今年は、この2大輸入国の事情によって値段が高騰することを、思い知らされた。パンや麺類、菓子など、身近な食品の値上がりも続いている。

 タイ焼の主な原材料は小麦粉、小豆、砂糖。いずれも価格が不安定な品目だ。ガス、電気の料金も上がる。さぞかし、タイ焼のような、庶民の菓子はつらい目に遭っているに違いない。筆者はそう考えて、老舗のタイ焼店を訪ねてみることにした。

 多くの製造業で原材料の上昇分をコスト削減で吸収するなど、涙ぐましい経営努力が続けられているご時勢、タイ焼は溺れかけているに違いない、と、おそるおそる暖簾をくぐった。

 ところがドッコイ、世の中の情勢など何食わぬ顔、相変わらず鉄板の上で悠然と泳いでいる。原材料高騰の荒波にめげないばかりか、店主は「値上げはまったく考えていませんよ」と余裕の笑みさえ浮かべるのだ。

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著者プロフィール

宮嶋 康彦
(みやじま やすひこ)

宮嶋 康彦

1951年長崎県佐世保市生まれ。写真家、作家。東京造形大学講師。『紀の漁師 黒潮に鰹を追う』(草思社)、『誰も行かない日本一の風景』(小学館)、『蛍を見に行く』『この桜、見に行かん』(文藝春秋)、『花行脚・66花選』(日本経済新聞社)、『たい焼の魚拓』(JTB)、『脱「風景写真」宣言』(岩波書店)、『写真家の旅―原日本、産土を旅ゆく。』(日経BP社)など著書多数。自身のホームページでは写真と文章を毎日更新。



このコラムについて

地方再生物語

財政難、過疎、高齢化など地方が置かれている状況はどこも同じように厳しい。しかし、苦しい中で、わずかながらも光明を見出している地方がある。都会にいるだけでは地方の本音は聞えてこない。そこに暮らす人の姿、風景、そして風土。実際にその地に足を運んでみれば、全く違う声が聞えてくることもある。地域間格差の本質と、再生に挑む人々の声をルポする。

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