「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

アフリカの太鼓に教えられたこと

「人間」と「文化」が問われるとき(CSR解体新書50)

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2008年7月15日(火)

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写真1

ルワンダのドラミング「インゴマINGOMA」 古都ブタレにある国立博物館で演奏を依頼できる。驚くほど安い謝礼で40人ほどの奏者と踊り手が、私たちだけのために1時間半も歌い踊ってくれた

 6月末のことでした。東京音楽大学打楽器科の3年生、岩下美香さんから突然電話を貰いました。8年ほど前の私の打楽器作品を学内演奏会で演奏したいのでレッスンしてほしいという依頼でした。「オクトパス・オクトパッセージズ」、タコの形をした8つの小品という、8人のパーカッションのための風刺的な作品です。

 もちろん喜んで引き受けのですが、このレッスンの折、2000年に書いた譜面に数カ所手を入れました。元来は彼らの先生である菅原淳さん率いる「パーカッション・ミュージアム」の委嘱で、今まで2回再演していただいたのですが、ちょっと考えるところがあり、手直しをしたのです。それはルワンダで聞いたドラムオーケストラ「インゴマIngoma」のインパクトでした。

「ドラムセット」の源流

 20世紀後半以後、ロックやポップスでは「ドラムス」あるいは「ドラムセット」という楽器を普通に使うようになりました。でも19世紀の欧州にはドラムセットは存在していません。ベートーヴェンもショパンもドラムスのために作曲はしていない。現在これだけ普及した「ドラム」は、20世紀前半、ジャズをベースとする米国でポップミュージックが誕生するのと同時に、現在の形になったものだと思います。

 …と、普通に音楽を教える際は、話がここらで終わります。でももう少し源流を遡って考えてみましょう。どうして米国でジャズとの関わりで、太鼓を複数組み合わせた楽器が生まれたのか。答えはジャズの原点、つまりアフロ・アメリカンの人々のルーツの中にありました。

写真2

1人でたくさんのドラムを叩くソロから、みんなで入れ替わりに太鼓を叩いて回る乱れ打ちまで。打ち出されるリズムは複雑かつ多彩だ

 たくさんのドラムを組み合わせて1人の奏者が叩く文化はアフリカで大きく花開いています。東アフリカだけで見てもケニアやルワンダ、ウガンダ、コンゴの民族音楽は、おのおの異なる特徴を持っていますが、素晴らしい「ドラミング」の伝統を持っています。今回の出張では、極めて限られた時間だけでしたが、本来の本業である音楽のフィールドワークもすることができました。

 その経験を東京音楽大学打楽器科のみんなからの提案に生かすことにしたのです。この記事の末尾に学内演奏会の情報を記しておきます。入場無料ですので、ご興味の方はぜひ覗いていただければ幸いです。ちなみに時折読者の方から大学のメールアドレスに音楽に関するご質問を頂きます。5月から岩波書店の月刊誌「科学」に、物理的な音像と認知的な音響イメージの異同を専門の観点から平易に扱う連載「物理の響き♪こころのひびき♯♭」を始めています。やはりご興味の方にはどうかご参照いただければ幸いです。

価値の根源としての差別化

 やや話が細かくなりますが、ルワンダのドラム・オーケストラ「インゴマ」が、どうして強いインパクトだったかというと、ポップスに汚染されていなかったことが大きかったと思います。

 1人の人がたくさんの太鼓を叩く。あるいはたくさんの人が1つの太鼓を叩く。さらには幾人もの人が走りながらたくさんの太鼓を叩く。見ているだけでも面白いのですが、音楽専門の見地からは、欧米産のポップスにもよくある2拍子や4拍子だけではなく、5拍子や10拍子、あるいは3+3+4拍子など、実に多彩な民族のリズムが、舞踊と直結する形で確認できました。5拍子などというと不思議に思われるかもしれませんが、たとえば3+2拍子(=5拍子)のダンス音楽は、軸足に重心をかけるところが3拍子、もう片足を軽くステップするところで2拍子といった具合に、身体的な必然性がすべて明確に見て取ることができます。

写真3

一見複雑に見えるリズムにも、舞踊の身体的な必然性があり。強い説得力がある。こうした文化が観光客受けを狙う商業主義に流れることで、失われる価値とは何か? CSRを考える重要なポイントがここにある

 内戦終結からまだ間がない現在、こうした伝統的な歌や踊り、ドラムスなどは、良い意味で、旧来の形をそのまま残していて、欧米人ウケするように観光化などしていません。さまざまな文化の影響関係などもフィールドワークで跡付けることが可能です。こうした文化「環境」の伝承・保存を私は素晴らしいと考えています。

 もしジャズやロックミュージックのイディオムに染まって「グローバライズ」してしまったら、単なるつまらない出し物に堕落してしまうことでしょう。以前、北海道で「観光アイヌ」の伝承変容の問題を聞いたことがあります。差別化が図れるからこそ、固有の価値が生まれるのです。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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