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カネは大事を、企業は“国益”を稼ぐための「道具」

丁稚が創った世界企業~金子直吉伝・5

  • 山岡 淳一郎

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2008年7月28日(月)

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 金子直吉は、台湾を治める後藤新平という男に興味をもった。商機を逃さぬ勘、そればかりではない。「大欲」を抱えた人間に共通する匂いに惹かれたのだった。

 後藤民政長官は、台北から基隆、台中、台南と飛び回り、政務に忙殺されていた。総督府を訪ねた金子は、蒸し暑い応接室で延々と待たされた。1時間、2時間と過ぎていく。 それにしても、待たせるにもほどがある。癪に障った金子は、ええい、かまうものかと長いすにゴロリと横になった。熱帯の温気のなかで、睡魔に襲われた……。

「おい。起きろ。吾輩(わがはい)を訪問しながら吾輩の客間で寝るとは何事だ。あまりに無作法すぎるじゃないか」

 金子の耳元で後藤新平の癇癪玉が破裂した。初対面の挨拶をする間もなく、金子は、一喝されて目を覚ました。後藤新平42歳、金子直吉33歳の出会いであった。凡庸な商人なら、ここで頭を地べたにこすりつけ、平謝りするところだが、金子は違った。

「客に睡眠を催させるほど長い時間待たせるのとは、いずれが不都合でありましょうや」

 金子は霞のようなまなざしを向けて宛然と禅問答じみた返事を投げかけた。

「うっ……」

 さしもの後藤も一瞬、言葉に詰まった。と同時に、後藤もまた金子にじぶんと似た「匂い」を感じた。貧窮のどん底から駆け上ってきた勢いで、小さな私欲を天に放り投げ、ひたすら「大欲」に突進する者が放つ独特の匂いである。

*  *  *

 後藤は岩手水沢の武家に生まれた。維新の「戊辰戦争」で東北諸藩は薩長中心の官軍に敗れ、朝敵と蔑まれた。官軍に征服された悲哀を、後藤は嫌というほど味わった。

 後藤家は士族の家名を残す条件として示された北海道入植を断り、水沢に留まったために乞食同然の水のみ百姓に落ちぶれた。赤貧洗うがごとし境遇で新平少年は新政府の官吏に見出されて医学教育を授けられ、医師、内務省の衛生官僚を経て台湾民政長官の座に着いた。貧しさから抜け出て立身出世したのである。

 では、カネに執着しているかというと正反対だった。二十歳そこそこで衛生普及運動や塾経営に私財を投じて借金まみれ。あげくは主君への忠義を果たしたいと懇願する男に、情にほだされ資金を与えてしまい、「相馬事件」というお家騒動に巻き込まれ、半年ちかく牢獄につながれた。家計はいつも火の車だった。まるで貧乏だったことに復讐するかのように豪快にカネを使った。とうに「カネは大事をなす道具にすぎぬ」と私欲を天に放り上げ、国の経綸という「大欲」へ資金を投じていた。

カネは道具としてとことん使う

 かたや金子も貧しさの底を知っている。一円でも多く稼ごうと懸命だった。しかし、そのカネは鈴木商店のものであり、じぶんのカネではない。「お家さん」の信頼に応える証である。いや、金子は鈴木商店自体が国益を稼ぎだす道具という観念を持っていた。外国から「金」を取り戻して国富を蓄えねばならない。資源のない日本は、交易で立たねばならぬ。鈴木商店ならそれができる。金子は個人的蓄財には興味を示さず、給料袋はもらったまま机のひきだしに入れっぱなしだった。

 見かねた店員が給料袋をまとめて金子の妻に渡していた。交易で国家を浮上させる「大欲」にとりつかれていた金子は、店の者たちに口癖のように言った。

 「内地の商売は、日本人どうしの内輪で金が動くだけ。芸者と花合わせをやるようなもんだ。何より、外人から金をとらなくちゃいかん」が金子の口癖だった。

 台湾総督府――。金子に己と同類の「匂い」を感じ取った後藤が、訊ねた。

「……では、何の用できたのだ」
「長官がお考えの樟脳事業の総督府直営、専売化は、まことにけっこうです。長官の意見に賛成です」

 後藤は、心臓をグッとわしづかみにされたような気がした。後藤は、かねがね台湾統治の財源を確保するために製脳事業を総督府直営にしようと考えていた。法案も起草していたが、大小の樟脳事業者たちは真っ向から反対していた。当然、先行利益をかっさらっていた鈴木商店の金子も異を唱えるものと思っていた。ところが、金子は賛成だという。

 「ほう。なぜだ」後藤に百万の味方を得た喜びが湧いてきた。

 金子は堰を切ったように「製脳官営論」をぶった。

 樟脳の製造は乱立する小さな業者ではなく、官が仕切り、専売で売上税を取って台湾を納める財源にすればいいと説いた。

 色白の後藤の顔が、上気して朱を帯びた。

「よし、わかった。だが、反対する樟脳商人はひきもきらぬ。打開する手立てはあるか」

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