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丁稚あがりの経営者、製糖業界のドンに挑む

丁稚が創った世界企業~金子直吉伝・6

  • 山岡 淳一郎

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2008年8月4日(月)

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 金子直吉は樟脳取引を通して台湾民政長官の後藤新平と信頼関係で結ばれた。
 下関から徳山に向う列車に、その後藤と金子が乗っていた。


金子は、日本精糖が牛耳る精糖事業に参入する決意を固める(イラスト・茂本ヒデキチ)

 後藤が台湾に赴任して5年が過ぎようとしている。後藤のバイタリティで、新領土の統治も軌道に乗りつつあった。後藤は久しぶりに東京に戻って、政府関係者に新たな専売法案の説明をしなければならなかった。その前に上司の台湾総督・児玉源太郎の故郷、徳山に寄る用事があった。後藤は船で門司に入り、下関から列車に乗った。随行者はおらず、金子が「ボーイ役を務めましょう」と同行していたのだった。

 後藤が、トレードマークの顎鬚をなでながら、浮かぬ顔で言った。

「基隆の港が、どうも寂しくて困るのだ。何とか賑わせる方策はないものかのう」

 台湾の地勢的な弱点は、海岸線が長い割に天然の良港が少ないことだった。清朝の統治時代にも築港事業にはほとんど手がつけられていなかった。そんな台湾で基隆は唯一といってもよい可能性を秘めた港ではあるが、なにぶん水深が浅く、北東風が強くて波浪が高い。加えてペストやチフス、コレラの流行地でもあった。


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 後藤は、基隆の築港を「台湾縦貫鉄道」「土地調査」と並ぶ「三大事業」に位置づけ、公債を財源に自ら築港局長を兼任して現場に乗り込んだ。第一期の浚渫工事を終え、3千トン級の船を同時に二隻繋留できるところまではこぎつけた。にもかかわらず、次々と船は難破した。ここ数年でも、汽船5隻、西洋帆船1隻、ジャンク19隻、漁船は54隻が、基隆港内の高波で遭難している。船員にとって、満潮を見計らって船を着岸するのは、命がけだった。

 防波堤を築造する二期工事が不可欠であったが、ことはハードの問題だけではなかった。港を繁栄させるには産業と連動した方策が必要だ。後藤は、そこを金子に質したのだった。

「ほうじゃねぇ。いかにも難しい問題でありますが、腹を決めてやったなら、面白いことがあります。それは砂糖の精製所をこしらえることであります」と金子が応えた。
「台湾の砂糖を使うのか」
「いえいえ。まだ台湾の赤糖は原料にできるほど立派なものではありません。ジャワから取り寄せて、これを精製して内地へ送り、支那や各地へ販売するのです」と喋りながら金子は頭の中で運ぶ砂糖と必要な船腹を計算しながら話を続ける。

 「この事業を始めれば原料糖を積んだ三、四千トンの船が毎日、二、三隻、入ります。精製糖を積む船もきます。台湾糖を原料にできないのは残念ではありますが、これが刺激になって台湾の製糖は発展するでありましょう」。基隆を砂糖貿易の中継点とする一方で、台湾の糖業を刺激して振興させようという一石二鳥の提案だった。

電光石火の建設計画に、政治の逆風

 徳山でふたりは別れた。二週間後、後藤は金子を東京に呼びつけた。そして「基隆振興の具体策を立案しろ」と命じた。が、金子は、安請け合いをしない。

 「先日は、あのように申しましたが、基隆という場所は、平地が少なく、真水もなかなか手に入らず、工場を建てるには不向きであります。政府の保護がなくてはとても立ち行きませぬ。その考えはおありでしょうね」と応えて、神戸に戻った。引かば押せ、押さば引け。金子の商談は巧妙である。

 ちょうどその頃、金子は、関西の同業者と精糖会社を興す算段で、ロンドンにひとを遣って機械設備の見積りをとらせていた。初期投資にいくらかかるかわからなければ、計画の立てようがない。その回答を待っていたのだが、後藤にもロンドンで見積りをとらせていることは伏せた。

 金子が神戸に戻って間もなく、ロンドンから見積り電報が届いた。「しめた」と、金子はそれを根拠に計画をまとめて東京へとんぼ返り。後藤は、あっという間に具体策ができてきたので仰天し、満足した。

 後藤の行動も早い。総督府に精糖機械の購入を命じ、技師を雇い入れようとした。
 電光石火の響きあいで、基隆で精糖工場の建設が始まる、かに見えた……。が、ここで「政局」の逆風が吹きつけてきたのだった。

 後藤が帰京したのは、台湾と同じように内地の樟脳も専売化する新法案を議会に提出した説明するためだった(前回参照)。台湾の樟脳専売化で財源を確保した後藤は、本国にも同じ仕組みを採り入れようと考えた。ところが、内地の樟脳業者の反対は凄まじく、法案は衆議院を辛うじて通過したけれど、貴族院ではものの見事に否決された。

「後藤は鈴木商店を儲けさせるつもりなのだ」
「金子と結託しておるに違いない」
 と、轟々たる非難が浴びせられた。

 金子は議会の反発を知ると、後藤のもとに奔った。
「お約束の基隆の精糖工場はやめようではありませんか」

 「なぜか。あれとこれは別。樟脳と砂糖は関係あるまい」と後藤は怪訝な面持ちで応えた。

 金子は撤退する理由を述べた。

「基隆は工場に不利益な土地ですので、たくさんの補助奨励金をもらわねば経営できません。しかるに議会が現状のようでは、補助金をいただけば攻撃がさらに苛烈になるに違いない。閣下が台湾民政長官をしておられる間はそれでよいとしても、閣下はいつ他の土地に転任されるかしれません。その後も製糖工場は残されます。

 閣下の後任の民政長官が腰の弱い方であれば、補助奨励金は撤廃されないとも限りません。そうなるとわたしは砂糖の工場を持っておっても非常に困る。議会が砂糖や基隆に理解のないいまは、この方策はとりやめて、わたしはわたしが最善と信ずる場所に独立して工場をつくりたいと考えております」

 ひと言も発しないで黙って聞いていた後藤は、ゆっくりと頷いた。

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