下部良貴(38)がオリジナルブランドの時計づくりに打ち込み始めたのは、8年前からだ。今では高級機械式時計「ビーバレル(B-Barrel)」のブランドを独自で展開している。
彼が手がける時計はすべて「MADE IN CHINA」だ。
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その大柄な体格を見れば、かつて何かスポーツをやっていたのだろうと容易に想像がつく。下部は高校球児だった。ポジションはキャッチャー。全国的に名の知られた野球名門校で白球を追い続けた。

日中、どれだけハードな練習を重ねようとも、水は食事の時しか飲ませてもらえなかった。厳しい寮生活。先輩のユニフォームの洗濯は、後輩の重要な仕事。大切なユニフォームは手洗いしか許されない。洗濯板を使って洗う。手で何度も絞る。明日の朝までに乾いていなければ、また先輩にどやされる。自分の体温で少しでも早く乾かそうと、腕に先輩のユニフォームを巻き付けて寝たことも何度かあった。
逃げ出したくなる毎日を、なんとか踏みとどまって耐えた3年間。でも、甲子園出場の夢は叶わなかった。
大学でも、社会に出てからも、野球は続けていた。ただ、それは甲子園出場に向けられていた情熱の残り火で続けていたに過ぎなかった。大学を卒業後、24歳で最初の転職を経験。その会社も辞め、27歳で居酒屋の雇われマスターになった。
夜中3時に店を閉め、その後、さらに飲みに繰り出す。働いて、飲んで、遊んで。30歳のとき、ついに肝臓をやられ、ドクターストップが掛かる。夜の世界から足を洗った。
「野球以上にのめり込めるものが見つからない」。情熱の残り火は、ほとんど消えかけていた。
雇われマスターを辞めた下部は、並行輸入の会社へ転職。パチンコ店の景品用の時計を海外から仕入れる仕事に従事した。「時計との出会い」。ただこの時、下部自身は時計にまったく興味はなかった。注文を受けて、依頼された個数をニューヨークにある商社へ発注する。時計は単なる商売道具に過ぎなかった。
下部と時計を強く結びつけた分岐点は「9.11」だった。仕入先となっていた商社が、あの大惨禍に巻き込まれた。
一瞬にしてビジネスラインが途絶えた。いつまでこの混乱が続くのか見当もつかない。新しい仕入先を探したとしても、契約に至るまでには、かなりの時間が必要になるだろう。それまでの“食いぶち”はどうすればいいのか。
社長は決断した。「下部、中国へ行って時計を作ってこい」。下部は31歳になろうとしていた。
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社長の知り合いの中国人が香港にいた。名前を「リーさん」という。リーさんは、日本からの依頼で、中国にある各工場へ製造手配をする仕事を手がけている。
下部は、リーさんの案内で中国各地の時計工場を見て歩いた。
さすがコピー王国だった。数百万円の高級機械式時計の機能からデザインまでを正確に模倣し、1万円で販売できる商品に仕上げていく。日本人もすごいが、中国人も手先の器用さでは世界最強レベルだと思った。
1970年代、世界の時計メーカーは、日本が開発した「クォーツ式時計」に席巻された。時計に内臓された水晶に電流を流し、水晶振動子を利用して正確な時を刻むこの方式は、機械式時計の本家、ヨーロッパの時計メーカーに大きな打撃を与えた。
以降、腕時計の主流は、手間隙とコストがかかる機械式から、安価で量産に適したクォーツ式へと取ってかわった。今、精巧な機械式時計を手にしたいと思えば、アンティークを買うか、高級ブランドの時計を購入するしかない。
「中国なら、ヨーロッパのブランドがつくるような機械式時計だって作れるのではないか」
下部は、見よう見まねでデザインを決め、必要最小限の機能を搭載することを依頼し、発注してみた。日本と中国をつなぐ仲介役はリーさんだ。数カ月後、依頼どおりの機械式時計が出来上がってきた。

下部が一番最初に作った時計。
海外有名ブランド物の機械式時計であれば数十万円〜数百万円の価格で売られているものが、わずか数万円で手に入れることができる。ネットで販売を始めると、思いのほか売れた。
そのうち卸業者から「扱わせてくれ」と声が掛かるようになった。店頭に下部が手掛けたオリジナル時計が並んだ。ある店では、売上げベスト3に入るほどの人気商品となった。
良く売れた。ただ、不良品の率もすごかった。売れれば売れるほど、クレームが山のようにきた。「すぐに壊れる。どうなっているのか」。機械が作動しない。材質がもろい……卸業者からも言われた。「このままだと、もう店には置けない。ユーザーも離れていく。値段は少し高くなっても構わないから、もう少し考えてほしい」。
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