「地上げ屋の道徳教育」

【第6話】「ごねるヤツほど得をする。せやけどな…」

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2008年8月20日(水)

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 ふとした縁で2カ月だけ暴力団組長の秘書になった小川宇満雄。この組長との2カ月を通して、「声が大きい人間が勝つ」という事実や経済界と裏社会のつながり――といった現実社会の一端を垣間見た。不合理なことが相次ぐ世の中。子供たちには不合理を乗り越える強い心を持て、と説く。

「義務と権利」

 前回書いた組長秘書の話は賛否両論あったなぁ。あの2カ月で経験したことはすべて事実やし、別に何か弁解する気はあらへんけど、オレは一度もヤクザ組織に身を置いたことはないよ。オレは右翼団体代表の秘書ということで雇われとった。立ち退き交渉の時も一切、その筋に何も頼まずに来た。それは、オレの誇りや。まあ、念のために言うとくわ。
 さて、今回の勉強会は「義務と権利」や。よく「権利と義務」と言われるけど、オレの感覚では、義務が先にあって権利がある。自分の義務をきちんと履行するからこそ、権利を主張できると思っているんやが、どうやろうか。だから、「権利と義務」でなしに「義務と権利」というふうに、子供たちには教えたいと思うた。

****

小川:おい! 今日の心の勉強は「義務と権利」や。言葉ぐらいは知っているやろ。

サクラ:うん。

リュウジ:知ってる。

小川:ほな、どういう意味か、言うてみぃ。

サクラ:まあ、権利はゴハンを食べさせてもらうとか。

リュウジ:義務は勉強や。

小川。そやな。お前らの場合、権利っちゅうんは、お父ちゃんにタダでゴハンを食べさせてもらうとか、子供同士のつき合いに困らん程度に小遣いをもらうとか、ゲームを買ってもらうとか、そういうもんがあるわな。そやけど、それを権利と言うんやったら、まず先に義務を果たさなアカンわな。

サクラ:うん?

小川:お前らの義務は、まず親や先生の言うことをしっかり聞いて、ちゃんと勉強することや。自分で働いてカネを稼げるようになるまでは、親の言うことを聞き、人に迷惑をかけず、勉強せなアカン。これが、お前らの立場では正しい行いや。

リュウジ:分かっとるで。

小川:じゃあ、パパの場合は何や。

サクラ:一生懸命、仕事すること。

小川:そうや。お父ちゃんは一生懸命働いて、カネを儲けて、お前らを養わなアカンわな。要は、義務っていうのは、自分の立場でしなければいけないこと。すなわち、正しい行いや。分かったな。

サクラ:うん。

リュウジ:うん。

小川:「うん」とちゃう、「ハイ」やろ。

サクラ:ハイ。

リュウジ:ハイ。

小川:そうや。「義務」や「権利」という言葉はそのうち学校でも習うやろ。そん時は「権利と義務」って覚えると思うけど、実際には、義務を果たしてから権利を主張せなアカンで。お前らが勉強せぇへんかったり、悪いことをして人に迷惑をかけたりすると、小遣いはもらえへんぞ。ゲームも没収やわな。

 ほんで、この権利も人に迷惑をかけない常識的な範囲で主張せなアカン。いくら自分に権利があるからと言うても、それで人に迷惑をかけてしまったら本末転倒やわな。分かるやろ。

サクラ:ハイ。

リュウジ:はいっ!

小川:エエ返事や。ほな書けよ。

「人はいろいろと権利を持っています。しかし、その権利をもらうためには、先に義務を果たさなければなりません」
「義務をきちんとしてから権利を主張します」
「その権利も、人に迷惑をかけない常識的な範囲でないといけません」
「すなわち、正しい行いです」

小川:義務をきちんと果たして権利がある。これは、忘れたらアカンで。これまでの立ち退き交渉で、お父ちゃんはいろいろな人に会うてきた。その中には、やるべきことをやらんと主張ばかりしてくる輩が大勢おった。お前らにはそういう人間になってほしくない、と思うから、こんなことを言うんやで。

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著者プロフィール

篠原 匡(しのはら・ただし)

昭和50年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、日経BP社に入社。以後、主に「日経ビジネス」の記者として活動している。趣味は競艇と出張、庭いじり。著書に『腹八分の資本主義』(新潮社)、『おまんのモノサシ持ちや』(日本経済新聞出版社)がある。

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