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規制業界こそ、経営力による差が出る

~ヤンセン ファーマ社長 関口康氏(4)

2008年9月11日(木)

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 社長就任時に「ヤンセン協和のカルチャーを変えてくれ」と言われた関口氏。感じたのはアグレッシブさの不足だった。売り上げが当時240億円で、次の目標は500億円。「240億円だと、業界順位で55番とか60番で、500億円になったとしても、まだまだ30何番とかで面白くない。だから、すぐに1000億円にしよう」と、風土改革の口火を切った


ヤンセン ファーマ社長 関口康氏

司会、秋山(以下A) 1998年にヤンセンに入られたときって、まだ協和発酵の合弁会社なんですよね。

関口 はい。当時のヤンセン協和に行きまして、落下傘みたいなものです。

A 資本関係は何パーセント、何パーセントですか。

関口 60対40だったと思います。ジョンソン・エンド・ジョンソンが上(60)なんですけれども、人材はほとんど協和発酵。「どうしようか」と思ったんですが、当時会長をされていた、協和発酵から来られた方がたまたま郷里が一緒、私の母方の実家がその方の主治医だったりして(笑)。縁というものをすごく感じて、いろいろ優しく接していただけて、それで何となく立ち上がっていって。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンからは、「ヤンセン協和のカルチャーを変えてくれ」と言われたんです。行ってみたらやっぱりアグレッシブじゃあないんですよ。売り上げも当時240億円で、次の目標は500億円とか言っていた。当時240億円だと、業界順位で55番とか60番で、500億円になったとしても、まだまだ30何番とかで面白くない。だから「すぐに1000億円にしよう」と言い出したんです。

 社員たちは、「何だ、この人は。乱暴な人だ」と思ったと思うんです。私がその後、かなりアグレッシブにいろいろなことをやっていた中で、当然、動きについていけなかったり、反発された方もいらしたけれども、総じて言うと、邪魔するとか足を引っ張るとか、そういうことはなかった。本当にありがたかったと思います。

成功の要因はよきサポートを得られたこと

司会、山中(以下Y) 十両で「居心地いいね」という感じでやっていた力士に、いきなり「幕内に入って三役を狙う」と言ったら、反感を招くか、分かってもらえなくて「親方には吠えさせておけ」という形になると思うんですよ。言い換えると、立てられた目標がどれだけ妥当で、かつ、それがどれだけ、あなたたちにとって意味があることかのお話をするやり方が、ものすごくクレバーだったからじゃないか、と思うんですけれど。

関口 どうだったんですかね。パラシュートで来たので、最初は自分のことを社員に理解してもらう意味で、生い立ちだとか家族の紹介とか、趣味の話をしたり、それから、幹部の中から一緒に改革を進めてくれそうな人を見つけて、その人を取り込んでいくと。

 前任者の社長は、カナダ人だったんですが、ナンバー2の方が日本人で、その方が実質、仕切っていたんです。普通にやったらナンバー2の人には敵対しちゃう。変えるということは、その方がずっとやってきたことを否定することになります。

 この人とはどういうつき合いをしたらいいのかと思ってじっくり見ていると、これが非常に能力が高い、影響力も強いんですよ。でもすごくフェアなんです。「この人は僕が何をしたいかを、誠心誠意、話せば、きっと手伝ってくれるんじゃないか」と思い、そうしたら、その方が僕を支えてくれることになった。協和発酵出身の会長の方も非常にサポートをしてくれた。「会社がもっと成長力を持ち、社員がもっと元気になる」と思っていただいたんじゃないかと思います。

Y 社内の雰囲気はその後ずっと良好なのですか。

関口 実はそういう形で立ち上げていって、ずっと順調にいっていたのですが、2006年に厳しい思いをしたんです。新薬の発売予定が遅れてしまって、薬価ダウンが吸収できなくて、主力製品の市場そのものがシュリンクして。

 さらに打ち明けると、うまくいかなかったもう1つの理由があります。アルツハイマーの薬が発売できる前提で「2006年に売上高1000億円」を目標にしていたんです。ところが、いろいろな理由でこの薬の発売が遅れた。この目標をどうしようか、旗を降ろすか、維持しておこうか、どうしようかと社内の会議で言ったんですよ。

 そうしたら私を含めたみんなが、環境が変わっても変えたくないんですね。「やろう」と言って、今から考えればできるわけない数字を目標にしてしまいました。そんなこともあって、1000億円の呪縛から逃れられなくて、2006年には営業が非常にまずい活動になっちゃった。

 支店長は課長に「数字を取れ」と、課長は部下に「何でお前はやらないんだ」と。「とにかく先生1人当たり、もう1処方を取ってくればできるじゃないか」って、数字だけのプッシュになっちゃったんです。それが2006年の大敗因だったんです。

Y 数字にも出てしまったんですね。

関口 出てしまったし、組織も疲れて雰囲気も悪くなった。去年はその反省をして、患者さんのことをまず考えていこうと。ヤンセンの薬というのは、非常に患者さんから求められている薬が多いので、患者さんのことを考えた営業活動をすれば、必ず売り上げにつながっていく。2007年(去年)、また成長力を取り戻して、それで今はだいぶ元気はよくなっています。

変革途上にある日本の医薬業界

A このマーケットって、厚生労働省がいろいろ見てこられますよね。新薬についても、明日こんなのを作ろうと言ってすぐに作れるようなものじゃない。そうなると経営をやっている中で、自分がコントロールできる範囲が狭まります。長年やっておられると、フリーハンドでできるようなところに行きたい、とか、ないですか。

関口 それって考え方次第なんですけれども、点数、つまり自分が伸ばせる点数が比較的少ないというのは、ある意味ではやりやすいところもあるんです。

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「規制業界こそ、経営力による差が出る」の著者

山中 浩之

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス副編集長

ビジネス誌、パソコン誌などを経て2012年3月から現職。仕事のモットーは「面白くって、ためになり、(ちょっと)くだらない」“オタク”記事を書くことと、記事のタイトルを捻ること。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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