「地方再生物語」

農業に望外の付加価値をもたらした朱鷺

自然との共生という「ブランド」が島を潤す

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2008年9月25日(木)

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 本日、9月25日午前の朱鷺試験放鳥に「浮かれてはおられない」という人物が2人いる。

 1人は佐渡市の職員、観光産業部農業振興課の係長、渡辺竜五さん。佐渡の農業に精通した人物は「放鳥の失敗は許されません、必ず自然界に定着してくれなければ、佐渡の農業に未来はない」と放鳥後の朱鷺の動静に固唾を呑んでいる。

 もう1人は新潟県庁職員で、朱鷺保護センター獣医師、金子良則さん。1991年から17年にわたって朱鷺を看てきた。センターの職員の中では最も長い経験を積んでいる。その獣医は「放鳥は早すぎる」と慎重な意見を抱いたまま、今日の試験放鳥に臨むことになった。

 2人のそれぞれの視点を掘り下げて、人里に返される朱鷺放鳥の意義を探ってみた。

朱鷺なしでは沈む佐渡島

 まず、農業振興の視点から渡辺さんが語る。

 その話は佐渡島6500人という米農家を超えて、7万島民の本音を代弁するような話だった。

 「放鳥記念式典は朱鷺が行政から佐渡の島民に手渡される儀式でもあるのです、とくに農業者には試験放鳥なんかじゃないわけです。実際に田畑に飛んでくるでしょうから、生産者はどう対処したらいいのか、農薬をまいても非難されないのか、害が予想されたとき追い払っても後ろ指さされないのか、私たちにとっては“試験”の文字は関係ない。定着を前提にした本放鳥として、はっきり認識する必要があるんです」

 佐渡市は朱鷺の試験放鳥に合わせて「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」をスタートさせた。初年度の今年、認証を取った生産者は9月20日現在で267軒。水田面積は全体の7パーセントに当たる434ヘクタールになる。

 制度の条件は、農薬や化学肥料を5割以上削減し、水場の生物が生きられる水路を設置すること。冬場も田に水を湛えて生きものを育む農法で育てた米を認証する。補助金は10アール(1反)当たり1万5000円と決められた。

 「19年(2007年)10月に提案して1軒1軒、農家を回って説明させてもらったんです、2カ月で250軒が理解してくれました、離島のメリットですね、島であるがゆえの喜怒哀楽を共有してますからね、生産者はみんな同じような将来に向かっているわけです、一枚岩になりやすいんでしょうね」

 渡辺さんは認証米の生産者を増やすために、昼夜を分かたず説得活動を続けたという。朱鷺の自然定着のため、佐渡の農業振興のため、「水田を作ることが自然を作ること、田んぼが自然に近づけば朱鷺が棲める」と繰り返し説いたという。

 「農業が産業として成り立たなければ佐渡の将来は真っ暗ですからね、それでも、無関心の人もいます、積極的に話を聞いてくれる人もいます、身を乗り出してくる生産者こそ、朱鷺が佐渡に定着することが希望だ、ということに共感してくれた人たちです」

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著者プロフィール

宮嶋 康彦
(みやじま やすひこ)

宮嶋 康彦

1951年長崎県佐世保市生まれ。写真家、作家。東京造形大学講師。『紀の漁師 黒潮に鰹を追う』(草思社)、『誰も行かない日本一の風景』(小学館)、『蛍を見に行く』『この桜、見に行かん』(文藝春秋)、『花行脚・66花選』(日本経済新聞社)、『たい焼の魚拓』(JTB)、『脱「風景写真」宣言』(岩波書店)、『写真家の旅―原日本、産土を旅ゆく。』(日経BP社)など著書多数。自身のホームページでは写真と文章を毎日更新。



このコラムについて

地方再生物語

財政難、過疎、高齢化など地方が置かれている状況はどこも同じように厳しい。しかし、苦しい中で、わずかながらも光明を見出している地方がある。都会にいるだけでは地方の本音は聞えてこない。そこに暮らす人の姿、風景、そして風土。実際にその地に足を運んでみれば、全く違う声が聞えてくることもある。地域間格差の本質と、再生に挑む人々の声をルポする。

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