皆さんの周りには“イエスマン”はいないだろうか。また、イエスマンばかりで周りを固めている上司っていないだろうか。私は新人の頃から、取り巻くイエスマンもろとも頂点から転がり落ちる先輩の姿を幾度か見てきた。
イエスマンとはつまり、真実を伝えないことで忠誠を表現する人のことだ。その人物が絶頂の時はいいが、落ちる時の孤独や不安は尋常ではないだろう。だって、なぜ自分がそうなっているのか、誰も真実を伝えないからだ。
ある番組で、レギュラーメンバーのうち、私だけが降ろされることがあった。それは単にアシスタントとして歳をくった、というだけの理由ではあったが、メイン司会者の男性は盛大にお別れ会を企画しているとプロデューサーから知らされた。
私はその場で丁重に、毅然とそれを辞退した。アシスタントごときのことでたいそうな宴は恐縮するし、なにより私は偽善が苦手だ。「降ろす」というのだから、バッサリ降ろしたらいいと思っている。「降板」を「卒業」とすりかえてごまかされるほど、それこそ私は若くはなかった。
やがて、私の最後の出演の時がきた。メイクする私に、メイン司会者のマネージャーが近づき小声で言った。
「実は、遙さんが今夜来られないこと、本人に言っていないんです」
にわかには理解できず、「じゃ、宴会場おさえたんですか!」と聞くと、マネージャーは申し訳なさそうに「はい」と答えた。
しかし3カ月も前に開催を辞退した私はすでにその日、別の日程を組んでしまっていた。
「それって、じゃあ、今になって私に直接言えということですか?」
「いえそうではありません」
「じゃあなぜそれを私に話したんです」
「本人は知らない、ということを、お耳に入れておこうと思いまして・・・・」
マネージャーは泣きそうな顔をしていた。プロデューサーもマネージャーも「遙はあなたの好意を辞退している」という地雷を踏みそうな言葉を言えないまま、指示されるままに宴会場を押さえ、いよいよ当日が来て、私に泣きついたというところだった。
あらためて、イエスマンの悲劇を思った。宴会に主賓が来ないことすら言えないのだ。アシスタントの女をいまさら若い女に変えたところで、この番組はもう寿命ですよ、アシスタントではなく、あなたに視聴率低迷の原因があるのですよ、などと言えるスタッフは地球上どこを探してもいないだろう、と思った。
案の定、私の送別会に私が来ず、司会者は激高していたらしい。イエスマンのためにいらぬシコリを作ってしまったと苦い思いをした。
次ページ以降は「日経ビジネスオンライン会員」(無料)の方および「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみお読みいただけます。ご登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。









