「泥亀サバイバル〜金ぴか偉人伝・2」

「つかんだ動機は、手放すな」

山下亀三郎伝・2

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2008年12月15日(月)

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(イラスト:茂本ヒデキチ)

 世界恐慌が猛威を振るう1930年代初頭、日本でも多くの企業が倒れ、失業者が巷に溢れた。この暗黒時代、したたかに生き延びたベンチャー経営者がいた。

 山下亀三郎、「山下汽船(合併を経て、現在は商船三井に吸収)」の創業者だ。

 バブリーな成金たちが恐慌で次々と姿を消すなかで、「泥亀」と見下されながら、山下は生き残った。商店奉公から身を起こした山下は、学問もなく、スタート時は平凡な、どこにでもいそうな商人にすぎなかった。商いの天才ではない。それが、人との出会いと独自の「人間学」を磨いて、日本一の傭船主となり、「海運王」と呼ばれるようになる。

 凡才の人生だからこそ、現代にも通じるサバイバルのヒントが隠されている。
 第二回は「つかんだ動機は、手放すな」。

元祖フリーター、親に「どうかコロリで死んでくれ」と疎まれた

 山下亀三郎は、1867(慶応3)年、伊予宇和島に近い喜佐方村の庄屋に生まれた。

 16歳で宇和島中学を自主退学し、家を飛び出した。京都に出て代用教員をした後、東京に移り、明治法律学校に進む。山下の著書「沈みつ浮きつ」――「浮きつ沈みつ」では最後に沈みっぱなしでよくない、との理由でこう名づけた――によれば、私立学校で講師の真似事をしているうちに「吉原通い」を覚えて沈没。法律学校も辞めてしまう。

 二十歳過ぎまでろくな職につかず、親のスネをかじりまくった。フリーターの元祖のような生活ぶりだ。田舎の母は、末っ子の亀三郎の放蕩に愛想をつかす。

 東京で数百人が命を落とすコレラが流行ったとき、母は、毎朝、近所の氏神さまにお参りをして「どうか亀がコロリに罹って死にますように」と本気で祈ったというから恐れ入る。コレラなら長患いをせず、コロリと逝くので、家族に迷惑がかからない、とか……。ちかごろの息子を溺愛する母親には真似のできない芸当である。

 とにかく、親もほとほと手を焼いたようだ。

 しかし亀三郎、ただの道楽息子ではなかった。世間という学校で人情と商いの機微を学んだ。目端がきく亀さんは、22歳で製紙会社の店員に雇われ、マンガン商店の番頭で自信をつけ、開港地横浜に居ついた。所帯を持ち、洋紙販売店を開く。丁稚も二人雇った。

 が、しかし世のなかは甘くない。妙な債権をつかんでしまい、借金がかさんで洋紙店は、あえなく店じまい。債務の整理に汲々とした。

 本人曰く「保証義務のために自分の表札を出すことが出来ず、山下かめという妻の表札を上げて住み、その一、二年における一番肩身の狭い思いをした」。奥さんの名も「かめ」。似たもの夫婦なのだろう。もしも借金取りから逃げていたのだとすれば、「亀三郎」でも「かめ」でも大して変わりがない気もするが……。

「船を!」人生を貫く動機に出くわした泥亀

 あっちに頭をぶつけ、こっちで躓き、世の荒波にもまれ続けた山下の運気が上向き始めたのは、石炭商売に係わってからだ。

 当時の石炭は、現代の石油に匹敵する最大のエネルギー資源だった。

 船や列車の蒸気機関を動かしているのは石炭。塩や砂糖の精製にも大量に使われる。暖房も石炭。このエネルギー資源の供給を握っていたのは三菱、三井の大財閥だった。三菱は長崎の高島炭鉱を所有し、三井もまた福岡の三池炭鉱を払い下げられ、アジアに販路を拡張していた。石炭とともに産業が勃興する。

 山下は、関西の大手石炭卸商と組んで、「横浜石炭商会」を立ち上げた。石炭は高値で面白いように売れた。債務を返済し、野毛山の麓に家を借りて「亀三郎」の表札を出す。1896(明治29)年の早春、やっと肩身の狭い思いから解放されつつあった山下は、生涯忘れられない出来事に遭遇した。

 「船を持ちたい」と痛烈に思ったのは、このときだった。一生を貫く「動機」をつかんだといえよう。

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著者プロフィール

山岡 淳一郎
(やまおか・じゅんいちろう)

山岡 淳一郎1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマとして、政治、経済、近現代史、医療、建築など幅広く執筆。「3・11」以後は、福島県南相馬市、相馬市、福島市などで取材を重ね、「アエラ」他に連続的に短編ノンフィクションを掲載中。『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄 封じられた資源戦略』『国民皆保険が危ない』『原発と権力 戦後から辿る支配者の系譜』ほか著書多数。ブログはこちら。(写真:GOH FUJIMAKI)



このコラムについて

泥亀サバイバル〜金ぴか偉人伝・2

天才の失敗は、歴史が検証する。凡才のサバイバル術は、実践で試される。前回までの「金ぴか偉人伝」では、天才型の経営者、金子直吉を取り上げた。今回の主役、山下亀三郎は、商才は人並み。学問もない。そんな男が、「じぶんは無学文盲で契約書もかけない」とバカのふりをしながら、「早耳」で情報を集め、人脈を築いてのしあがった。スタートは、平凡な、どこにでもいそうな商人にすぎなかった。だからこそ、かれの人生には、現代の閉塞感で縮こまるビジネス界で生き延びる手がかりが隠されているのではないか。評伝の形をとりつつ、かれの「人間学」から現代にも応用がききそうなヒントを毎回抽出してみたい。

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