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「驕るなよ 月のまるきも ただ一夜」

山下亀三郎伝・5

  • 山岡 淳一郎

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2009年1月19日(月)

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(イラスト:茂本ヒデキチ)

前回から読む)

 瀬戸内の海風が、山下亀三郎の黒光りする額をなでている。
 山下は、得意満面であった。

 石炭商売と御用船の貸し出しで、日露戦争が終わると150万円もの純益を手にした。大バブルの恩恵に浴した。前回も紹介したが、当時の総理大臣の年俸は1万円少々(現在は約4000万円)。荒っぽく換算すれば、現代なら60億円以上のカネを儲けたことになる。
 山下は、故郷に錦を飾ろうとしていた。

 門司で妻と長男を伴って喜佐方丸に乗り込んだ。船は、関門海峡から瀬戸内海に入り、南下した。佐田岬をかすめ、針路を東へ。澄み切った宇和海を進む。入り組んだ海岸が亀三郎の眼前に迫った。入り江の奥に茅葺の家々が肩を寄せてへばりついている。

 「あそこでよう魚を釣ったもんだ」亀三郎は上機嫌だった。
 喜佐方丸は奥浦の端を回り込み、1906年1月6日、吉田湾に錨を下ろした。

故郷に錦を飾り、母を船に乗せた日

 亀三郎の雄姿をひと目見ようと岸に押しかけた群衆は、艀や伝馬船に分乗し、一斉に漕ぎ寄せてきた。喜佐方丸のデッキの上は数百人のひとで埋まった。髪を短く刈り込んだ着物姿の男たちが、眩しくブリッジを見上げている。

 亀三郎は、海の帝王のように振舞った。日露戦争に出征した軍人を紹介し、気炎を上げた。喜佐方丸を故郷に回したのは母を船に迎えたいからでもある。父やきょうだいは、何度も横浜の自邸に招いていたが、母は目が不自由になり、実家から離れられなかった。晴れ姿を母に見せたい。いや、感じてもらいたい。亀三郎は、母の手を引いて船に導いた。

「これが、わしの船じゃ。イギリスから買うたよ」

 船室に入った母は、じっと椅子に腰をかけたまま動かなかった。あの親不孝もんの亀が……と万感が胸にこみ上げた。許してくれ、亀よ。コロリで死んでくれと氏神様に願かけなどしてしもうた。放蕩息子が、こんなに立派になりよった。母は、ポツリと言った。

「亀や、今晩、この船に泊めてくれんかね」

 山下は涙があふれた。母親の慈愛に触れた気がした。予定が立て込んでいた山下は、母をなだめた。

「おっかさん。船より大きな別荘をつくってあげるけん。今夜は陸にあがろうや」

 150万円の資本を握った山下は、政財界の要人の間を独楽ネズミのように動いて商売を拡げた。知己の伊藤博文は、朝鮮統監の任に就いた。山下は、伊藤と財界人の間を行き来して銀行の人事に首を突っ込んだ影響で、北海道の木材事業を引き受けることになり、資本金150万円を投じて、小樽木材会社を創設した。儲けをそっくり注ぎこんだ。

 毒舌の経済人で「電力王」の福澤桃介によれば「ただの素町人だった山下が、ともかく会社の重役という肩書きのついたのは、これが初めて」だった。

 さらに山下は、朝鮮に伊藤を訪ねて根回しをしたうえで、資本金200万円で韓国倉庫会社を設立する。

 ときは株式ブームのまっただなか。権利株は羽が生えたよう飛び交っていた。ここで稼がねば商人の名折れと、山下は、小樽木材をいきなり150万円の四倍、600万円に増資した。株での大儲けをたくらんだのだ。プレミアムをつけて株を買い集め、小樽木材の最大株主の座につき、数百万円の暴利をむさぼる夢をみた。

 ところが、だ。

一転、バブルは破裂した

 1907年1月末から株式相場は、急転直下、大暴落に転じたからたまらない。石炭と船で稼いだ150万円はふっ飛び、小樽木材は倒産。逆に150万円の借金を抱えてしまった。故郷に錦を飾ってから、わずか一年あまりでの転落であった。

 株価暴落の引き金は、三井、三菱がひいたといわれている。

 株式ブームの間も、実株を持っていた三井、三菱は売りに回って手元の資本を充実させていた。政府に国債の償還を迫ったのも彼らだった。そして三井、三菱の売り浴びせが一段と活発化したとき、信用収縮が生じて株価は下落したとみられる。

 山下は、信頼する友人と手形の交換をしていたために損害が広がった。以後、いかに親しい間柄でも手形の裏書はしない、頼まない、と肝に銘じた。この戒めが後々山下を救うのだが、天国から地獄への逆落とし、将来を想う余裕などなかった。

 友人の富豪は、株でしくじり、財産を使いこんで行方不明となった。しばらくして九州の耶馬溪で首をつった死体が見つかった。さすがの山下もへなへなとその場に崩れ落ちた。

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手嶋 龍一 作家・ジャーナリスト