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【時代のリーダー】永守重信・日本電産社長

時間と闘うハードワーカー 猛烈集団率いてスピード上場果たした発展途上のカリスマ

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2009年1月20日(火)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1989年3月27日号より

 他人をその気にさせる“人たらし”の天賦の才能と率先垂範のハードワーク――小型精密モーターのベンチャー企業、日本電産社長・永守重信は、ヤクザ社会並みの純日本型組織原理で猛烈主義集団を育て上げ、創業15年目の株式上場というスピード出世を果たした。発展途上の若きカリスマは、転換点に差しかかって、なお、ハイテク世界を全力疾走する。=文中敬称略=

(末村 篤)

 「上場できなかったら全てがパーになる。そう思ったら、何をするにも余裕がなくなり、鬼気迫る思いで上場に漕ぎつけた」

 昨年11月、大阪証券取引所市場第2部に株式を上場した日本電産社長の永守重信は、今、こんな感想を述べる。増資のたびに借金をして自社株を購入、上場直前の資本金が約23億円だったから、家族名義を含めて持ち株比率44.2%で単純計算すると借金はおよそ10億円。実際の借金はそれほど多くなかったろうが、家屋敷は抵当に入っていた。それが、文字通り一夜にして時価でおよそ250億円の大資産家に。

「変わらぬどころか悪化した」

永守 重信氏

永守 重信(ながもり・しげのぶ)氏
1944(昭和19)年8月、京都府に生まれる。44歳。67年職業訓練大学校卒業、ティアックに入社。70年山科精器に転じ、子会社取締役を経て独立。73年小型精密モーターの日本電産を設立し社長に就任、88年大証第2部上場を果たす。84年米社の精密ファン部門、89年には国内スイッチング電源メーカーを買収するなど多角化に乗り出す。

 「貧乏はいやだ。偉くなりたい。もっと生活に余裕を持ちたい」と思い続けた永守だが、現実はどうか。40数億円のキャピタルゲインを得たものの、周囲にはこれからが大変だと脅され、気が滅入るからハードワークに拍車がかかる。

 「朝出ていくのは早くなり、夜の帰りは遅くなった。出張も増えたし、休日には家におらん。家に帰れば、同じパジャマ着て、同じ物食って、古い家に住んでる。家内は“何も変わらないどころか、むしろ悪化した”と言ってますわ」

 日本電産の業績は88年3月期で売上高258億円、経営利益26億円。小粒だが、コンピューター関連のハードディスク装置用小型精密モーターで世界シェアの70%を占める。創業から株式公開までの期間15年は、製造業としては異例のスピード出世である。企業が若ければ社長の永守も若く、今年45歳。180センチ近い長身で、色白、面長。銀行マンといっても通りそうな一分のスキもない外見とは裏腹に、冒頭の金銭感覚にしても話は極めて開けっ広げで率直かつ饒舌だ。

 エンジニア出身で、1年の半分が海外出張、残りの半分も国内出張という超過密スケジュールのトップセールスをこなす永守の真骨頂は、しかし、独特のマネジメントスタイルにある。

 日本電産の社名あるいは永守重信の名前に聞き覚えがない向きも、「学卒の採用試験に便所掃除を課す京都の会社」と言えば思い当たるかも知れない。

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