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【時代のリーダー】宮沢喜一・蔵相

“漢魂洋才”の政治家「強い宮沢・気配りの宮沢」へ 保守本流の宿命背負い変身

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2009年2月2日(月)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1987年7月6日号より

 「覇道を歩んでまで政権を狙おうとは思わない」と公言していた宮沢喜一蔵相が、ポスト中曽根政局をにらんで走り出した。「ひ弱な秀才」のイメージから「強い宮沢・気配りの宮沢」へと変身、柔軟な身のこなしを見せつけている。クールさの裏に大胆な面をもつ保守本流の継承者に成算はあるのだろうか。 =文中敬称略=

(泉 宣道=日本経済新聞政治部)

宮沢 喜一氏

宮沢 喜一(みやざわ・きいち)氏
大正8年10月8日、東京生まれ、67歳。昭和16年12月東大法卒、17年1月大蔵省に入り、池田蔵相・通産相の秘書官に。28年政界入りし、参院2期、42年から衆院連続8期当選。経企庁長官、通産相、外相、官房長官、自民党総務会長などを歴任。61年7月蔵相、同9月宏池会第5代会長に就任、「宮沢派」を旗揚げした。広島3区。

 中曽根首相がベネチア・サミット(先進国首脳会議)に旅立つ前日の6月5日夜、新高輪プリンスホテル飛天の間は約2500人の人波で埋まった。宏池会(自民党宮沢派)名誉会長の鈴木善幸前首相と同会長の宮沢喜一蔵相が発起人となった「斎藤邦吉君の叙勲を祝う会」である。この春、勲一等旭日大緩章を受けた斎藤は宮沢政権実現への参謀役である宏池会座長を務める。

 「まもなく中曽根首相がお出でになります。明日からサミットに出発するのに異例のこと。心からお礼を申し上げたい」――会の冒頭、宮沢は中曽根の来訪をしきりに強調した。首相官邸でのサミット結団式から駆け付けた中曽根は旧内務省の先輩である斎藤をほめあげたあと、宮沢の方をちらりと見て「宮沢さんも片方に鈴木前首相、もう片方に斎藤先生と両脇にいるので、非常に心強いのではないかと拝察している」とわざわざ付け加えた。

 あいさつを終えて壇上を降りた中曽根に宮沢がさっと近寄り、握手を求めた。中曽根のエールに宮沢が早速こたえた一幕は2人の親密ぶりをうかがわせた。気の早い宏池会の若手議員は「中曽根さんはとてもいいことを言ってくれた。これで宮沢政権への展望がぐっと開けた」と軽口をたたいたほどだ。

 中曽根に同行してサミットに出席した宮沢は帰国すると、今度は鈴木をはじめ福田元首相、河本元国務相ら党長老と、病気療養中の三木元首相の夫人を歴訪、サミットの模様を報告している。党内では「ポスト中曽根政局に向け長老グループを取り込むのが狙いではないか」といったうがった見方も出たが、それはともかく最近はかつての宮沢からは考えられないほどの気配りが目立つのは事実である。

 「ここ1、2年で宮沢は変わった」という声をよく耳にする。宮沢の“変身”を強く周囲に印象づけたのは昨年7月の衆参同日選挙をめぐっての動きだった。中曽根の「戦後政治の総決算」路線に真っ向から対抗する形で「戦後政治の発展・継承」を声高に唱え、ニューリーダー陣営ではただ1人、ギリギリまで同日選阻止に執念を燃やした。

 「どうしても同日選を強行するというのなら、宏池会から出ている閣僚を引き揚げることも辞さない」。そのころの宮沢は、こんな決意まで周辺に漏らした。自民党総務会長という党のまとめ役の立場にありながら、体を張って同日選に反対し続ける姿は従来とは違う「闘う宮沢」というイメージを党内外に与えた。

 だが、中曽根は宮沢を押し切る形で同日選に持ち込んだ。自民党は衆院304議席という歴史的な大勝を収め、党内の大勢は「中曽根続投」へと動いていく。宮沢はこうした流れに逆らうことなく、今度は一転して中曽根に急接近、第3次中曽根内閣の蔵相に就任した。それ以来、冒頭に紹介したエピソードに象徴されるような“中宮蜜月”と呼ばれる関係が続いている。

 こうした柔軟な身のこなし、あるいは周囲への気配りといったことも過去の宮沢を知る者の目には奇異に映る。つまり同日選騒ぎ以降はっきりと形を現し始めた宮沢の変身は「強い宮沢」と「柔らかい宮沢」という二極に向けて振れただけに過去の宮沢との間により大きなイメージの落差を生んでいるのである。

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