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【時代のリーダー】山下俊彦・松下電器産業相談役

「さめた目の忠誠」人間を大切にし口数少なく 貫いた松下改革への信念

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2009年2月5日(木)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1987年1月5日号より

 あの有名な10年前の大抜擢で松下電産の体質改善の責任者になった山下俊彦は、一途な忠誠心でこの事業を成し遂げた。だが山下の忠誠心の根底には、個人を大切にし企業を客観視するさめた目があった。山下には成功者の名誉より人間の暖みが尊いのだ。社長を退いて1年、山下は本当の自分を取り戻したのかもしれない。=文中敬称略

(吉野 源太郎)

 山本周五郎の作品は、登場する人々のあまりの純粋さ故にか、大衆文学に分類されている。だが、冷酷な状況に直面した人物の苦しみや悲しみを通して人間の心の美しさ、やさしさを浮き彫りにする鋭くきめの細かい描写は純文学といっても少しもおかしくはない。

山下 俊彦氏

山下 俊彦(やました・としひこ)氏
大正8年7月、大阪市生まれ、67歳。昭和12年大阪市立泉尾工業学校卒業。13年9月松下電器産業傘下のランプ工場に入社。23年いったん退社後、29年松下電子工業に復帰。37年同社関連のウエスト電気に常務として出向、経営再建に実績をあげる。40年冷機事業部長、49年取締役、52年2月社長、61年2月取締役相談役。趣味は登山、囲碁。

 山下俊彦には、休日は書斎にこもって本を必ず2冊は読むという“伝説”もある。その山下が社長時代に最も好んで読んだのが周五郎だったという。

 周五郎の作品のテーマは大別すると2つある。市井の片隅に身を寄せ合って生きる庶民の心のぬくもり。もう一つは、心ならずも政治の場に駆り出され、純粋な忠誠心と封建制との相克に苦しみ、時には逆臣の汚名をきせられながら虚しくあらがう侍の孤独である。経営者としての山下の姿は、確かに後者のイメージに重なってくるのだ。

 こんな皮相な連想は、山下本人には迷惑に違いない。山下の場合は、封建制度との闘いではなかったし、虚しい闘いでもなかった。だが、山下を語ろうとすると、どうしても、その「あまりに純粋な忠誠心」(田淵節也野村証券会長)がテーマにならざるをえないのである。

 昭和52年、松下電産の役員26人中、下から2番目の序列にいた平取締役の山下が突然、社長に抜擢された時の模様は有名である。年功序列の日本企業の慣習をあえて破った創業者、松下幸之助の決断に世間はただ驚嘆した。

 実際、山下自身も驚き混乱したようだ。幸之助や松下正治(現会長=山下の前任者)の説得を一再ならず断ったいきさつや、「失敗したら私を選んだ人にも責任がある」という社長就任記者会見の際の異例の談話もあまねく伝えられた。「それまで自分が社長になりたいなどとは本心、一度も思ったことがなかった」と山下は言うが、それにしてもこの時の山下の抵抗ぶりは頑強だったらしい。

 当時、松下グループが抱えていた問題の深刻さ、重大さ、つまり自分に与えられる課題の大きさに山下が気づいていなければ、松下の中では絶対的存在だった幸之助にこれほど抵抗することはなかったに違いない。それは山下自身が語る幸之助とのやりとりの模様からも明らかだ。

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