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【時代のリーダー】石橋信夫・大和ハウス工業会長

「一徹な経営戦士」人生も事業も戦いや!百戦百勝ねらう“固い石”

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2009年2月13日(金)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1986年4月14日号より

 「信念の人」「一徹」「頑固もの」「独りよがり」――大和ハウス工業会長,石橋信夫を語る言葉は毀誉褒貶相半ばする。大戦中に遭遇した再起不能といわれた大ケガの克服と,さらに死と向きあったシベリア抑留体験が,彼に求心的な使命感と,排他的ともみえる不屈の闘志を与えたためだ。「人生も経営も戦いだ。戦う以上,勝たねばならん」と走り続けてきた永遠の戦士は今,“平和になった戦場”にとまどいを感じているのではないだろうか。(文中敬称略)

(芦田 富雄)

石橋 信夫氏

石橋 信夫(いしばし・のぶお)氏
大正10年9月9日奈良県吉野郡生まれ,64歳。昭和14年奈良県立吉野林業高校を卒業,満州営林局に勤務。終戦後,家業の吉野中央木材を経て,30年に次兄の故義一郎らと大和ハウス工業を設立し常務に。38年社長に就任し,55年に会長。わが国で初めてプレハブ住宅の道を拓き,現在はリゾートホテル,メンバーズホテルなど総合的な観光開発や,中国の住宅,ホテルなどの建設も進めている。

 石橋には記者泣かせという評判がある。取材をしてみてわかった。こちらの質問に対しまともな答えが戻ってくることがほとんどないのだ。寡黙というわけではない。興が乗ってくると身を乗り出し机を叩かんばかりの勢いで仕事について,戦争体験についてとうとうとしゃべりまくる。途中で質問をはさもうとしても,それを許さぬほどの勢いなのである。

 記者からみて経営者と呼ばれる人間にはおよそ二つのタイプがある。一つは相手が何を聞きたいかをすぐに察知し,驚くほど要領のいい答え方をするタイプ。もう一つは相手の意向などお構いなしに,ただひたすら自説をひろうするタイプだ。石橋は明らかに後者に属する。話の中で時には,「そうやないか,なあ」と同意を求めるが,こちらの応答をとりたてて期待しているわけではない。一見,相手に話しかけているようでいて,その実,石橋の目は自分の内部にある世界だけをみている。

創業経営者の一つの典型

 多少の例外はあるが前者のタイプはサラリーマン経営者,特に大企業のトップに多くみられる。そして後者は創業経営者に多いタイプだ。昭和30年に大和ハウス工業を次兄の故義一郎とともに設立,売上高3550億円(61年3月期)の企業に育て上げた石橋が創業経営者の一つの典型であることは疑いようがない。実績が自信を育み,自信が次の飛躍を生む。その繰り返しの中で石橋の人生観,価値観は一つの揺るぎない信念にまで肥大化していく。「信念」は石橋にとって絶対的な存在になる。相手と向かい合って話をしていても石橋の関心は自分の「信念」にしかないから,結果として独演会になってしまうのだ。石橋の話しぶりをみていると,どうしてもこんな印象を受けてしまうのである。

 こうしたタイプの人間を飾る言葉は必然的に数が絞られる。文字通り「信念の人」,あるいは「一徹」,そして信念を貫くための「猛烈な努力家」といったあたりである。実際,石橋のかつての働きぶりを聞くと,それらの言葉がピッタリする。

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