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【時代のリーダー】鈴木哲夫・HOYA社長

研ぎすまされた冷徹 社長辞任、部下の“背信”を経験して深まった自己観照

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2009年2月16日(月)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1986年7月21日号より

 「社長を長くやりすぎると、クレージーになる。自由になれたら、もっと楽しいことがあるのではないか」。HOYAの鈴木哲夫(61)はオーナー経営者でありながらひどく冷めている。一時、経営不振から社長の座を追われ3年間の“浪人生活”を送る。以来、深い自己観照によって、経営をつき離してみる冷徹さを研ぎすましている。(文中敬称略)

(森 一夫)

 社長在任期間は26年におよぶ。持ち株比率は4.4%だが、依然としてトップクラスの大株主だ。経営手腕については、社長就任時に年商4億円弱だった町工場を、売上高960億円、経常利益130億円(60年9月決算)の優良企業に育てあげたという点を指摘すれば足りるだろう。

鈴木 哲夫氏

鈴木 哲夫(すずき・てつお)氏
大正13年12月5日愛知県生まれ、61歳。昭和19年東京工業大学養成所を卒業し、東洋光学硝子製造所(現HOYA)に入社。32年2月社長に就任し、35年11月同族企業3社を合併して保谷硝子として経営近代化に取り組む。42年2月には社長から相談役に退く。44年2月取締役に復帰し、45年2月に社長に返り咲く。

 半導体フォトマスクの基板やクリスタルガラス、カメラ用レンズでは世界シェア第1位。眼鏡用レンズでも世界でトップクラスという今日のHOYAを作った立て役者が鈴木哲夫なのである。「寡黙な人」という評判も耳にしていたが、絵に描いたような「ワンマン経営者」を勝手に想像していた。

 ところが、実際に会ってみると、話がどうも噛み合わない。

 同社は59年秋に、社名を「保谷硝子」から「HOYA」に変え、新しい会社づくりを目指して10年ビジョンを決め、現在、経営革新に全社をあげて取り組んでいる。いかにも会社を自由に操るワンマン経営者らしいやり方だと思い、動機を聞いてみた。

 「それは私の退任時期が近づいてきたからですよ。新しい『HOYA』づくりは、みなさんがやるんですよ。最終目標に到達するまで、私はいませんよということが前提なんです。だから社内で『経営塾』を開き、後継者の育成も始めたのです」

 ―― 次は会長として大所高所から指揮をするというわけですか。

 「いや、次の社長を決めたら、私は何もしません。株主として見守るだけです。会長になるかもしらんが、相談に乗る程度ですよ」

 ―― しかし、それではエネルギーを持てあますでしょう。

 「エネルギー?もう余っていませんよ。私はもう十分やったじゃないか、何でこれ以上やらなきゃならんのかというふうに思いますね」

 ―― しかしもし若返れたら、新しい「HOYA」を経営してみたいでしょ。

 「いやですよ。こんな苦労をするのはもう沢山だから、他のことをやりますよ」

 ―― ? では、はからずも社長になったとでも…。

 「『仕事』だから『社長』をやったんですよ。これからの話だったら別です。未来はね」

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