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【時代のリーダー】中原伸之・東亜燃料工業社長

「一流を追う男」 学者になりたかった経営者 今もストイックに自己鍛錬

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2009年2月23日(月)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1987年7月20日号より

 一流であること――東亜燃料工業社長の中原伸之にとって、それは一種の強迫観念のようにさえみえる。父、延平は大秀才にして大経営者。その下で育った中原はただひたすら「一流」を追い続ける。世界一の経済学をハーバード大学に求め、東燃を石油業界一の超優良企業にする。「一流」こそ究極の目標なのだ。(文中敬称略)

(藤田 俊一)

中原 伸之氏

中原 伸之(なかはら・のぶゆき)氏
昭和9年12月11日、東京生まれ、52歳。32年東京大学経済学部を卒業。34年、米ハーバード大学経済学部大学院修了。同年12月東亜燃料工業入社。経理、財務、人事、企画部門を歩み、41年常任監査役、45年取締役、49年常務、59副社長を経て61年3月に社長就任。『新石油経済論』などの著書のほか、S・S・ハリソン『中国の石油戦略』など訳書も数多い。50~51年度に東大経済学部非常勤講師として国際エネルギー経済論を講義した。

 「製図が下手でね、追試くっちゃったんだよ。あれさえなかったら、理Iじゃ本当に圧倒的なダントツでトップだったんだけどな」

 もう今から30年以上も前の話なのに、中原はいかにも残念そうに語る。全国の俊秀が結集する東大の理Iでトップを取れなかったことが今でも悔しくて仕方ない風情なのだ。

 中原には「一流」とか「1番」とかいった言葉がよく付いて回る。中学、高校は麻布、大学は東大と、超がつくほどの一流校だった。そのなかで1、2位を争うようなトップクラスの成績を常にあげていた。

 東大を出た中原はハーバード大学の経済学部大学院に進み、そこでマスター・オブ・アーツ(MA)を取得するのだが、ハーバードへ進んだ理由も中原によれば、極めて単純明快である。「経済学をやるならば、世界で一番良い経済学部で学びたい。それがどこかといったら、ハーバードだと聞いたものですから」。

 とにかく、一流が好きなのだ。中原は東燃に入社して予算課に配属されたが、ソロバン片手の仕事は退屈きわまりなかった。すぐに「何とつまらない会社だろう」と思った。そこで中原は東燃を面白い会社にしようと決意するのだが、その方法は「業界で一番良い会社にする」ことだった。「野球だって優勝するチームにいるから、面白いんでしょう」と、これまた明快なのだ。ちなみに中原は巨人ファンである。

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