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【時代のリーダー】 宮崎輝・旭化成工業社長

「社長業23年」 「ワンマンであって、どこが悪い」冷徹な計算、衰えぬ事業欲

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2009年2月26日(木)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1985年1月21日号より

 社長就任以来23年になる,宮崎輝・旭化成工業社長(75歳)は,“ダボハゼ経営”の異名をとる果敢な多角化で,合繊メーカーを,総合化学会社へと変身させた。それでもなお,このワンマン経営者は満足せずに,事業拡大にひたすら執念を燃やし続ける。そして,死ぬまで現役であり続けたいと願う。サラリーマン経営者をここまで駆り立てるものは,一体何だろうか。(文中敬称略)

(大河原 暢彦)

宮崎 輝氏

宮崎 輝(みやざき・かがやき)氏
明治42年4月19日,長崎県生まれ,75歳。昭和9年3月,東京帝国大学法学部卒業,同年日本窒素肥料に入社。即座に子会社の旭ベンベルグ絹糸(現旭化成工業)へ配属され,昭和22年5月常務,33年専務,36年に社長に就任した。

 「この歳になって,やっと私は企業経営というものが,わかったような気がするんです。これからですよ,本当の経営ができるのは――」,2時間近く自分の事業哲学を語り続けた後,老経営者は最後にふと,こうもらした。

 旭化成に入社したのが,半世紀前の昭和9年。社長の座に就いてからも,すでに23年になる。上場企業の経営者としては,異例の長期政権だが,宮崎輝は,どうやら死ぬまで第一線を退かないつもりでいる。

 マスコミから,繰り返し若返りの遅れを指摘され,同業他社からも「宮崎さんがいないと何も決まらない会社」と揶揄されていることは,本人も十分に承知している。だが,宮崎は,ワンマンであってどこが悪い,と思う。

 「経営者の責任は,自分の代に会社の業績を良くし,次の代になお良くなる布石を打つことですよ。そのために,私は毎日真剣勝負をしている。長く社長でいることは悪くて,早く代わることがいいなんていう議論は見当はずれですよ――」。

 そして,宮崎はこうも言うのだ。

 「長く社長を務めてきたおかげで,ほとんど経験していない問題はない。だから,何が起きても驚かずに済む。多少条件は違っても,あの時はこうだった,と考えることができる,分厚い“判例集”を持っているようなものですよ」。

 何しろ,現在の6人の副社長が入社した時,宮崎はとっくに役員の座を占めていたくらいなのだ。経験,そして判断力で,自分に優る者がいるとは到底思えない。それに,75歳を過ぎたとはいえ,「気力,体力ともに,少しも衰えを感じたことはない」。

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