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「大不況のときは、世界旅行に出よう」泥亀、英国クラリッジホテルをのし歩く

山下亀三郎伝:11

  • 山岡 淳一郎

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2009年3月2日(月)

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成金炎上 昭和恐慌は警告する

図、『成金炎上』の主な人物とその相関図

※『成金炎上』の主な人物とその相関図はこちら

単行本、「成金炎上」

 「ニッポンの1929」。百年に一度の危機に、私たちは、かつて来た道を再び歩むのだろうか。そして、最後に生き残るのは誰なのか? 日経ビジネスオンラインで好評をいただいてきた本連載が、大幅に加筆、新たな書き下ろしとともに再構成され、単行本として発売されます。

 「国を背負って金を獲れ」と雄飛した成金たちの活躍と黄昏、昭和恐慌、そして戦争に至る道を、「金ぴか偉人伝」の金子直吉、山下亀三郎、そして三井財閥の大番頭、池田成彬(いけだしげあき)、政界で財政を取り仕切った井上準之助の四人を軸に描き出します。我々は昭和恐慌から何を学ぶべきなのか、ぜひご一読下さい。

(前回(「叩かれる前に折れればよい」)から読む)

 日本に大景気をもたらした第一次世界大戦が、終わった。
 たちまち景気は冷え込んだ。株価は大暴落し、すべての取引所が業務停止した。

 日本銀行の総裁だった井上準之助は、そのようすを、こう語っている。

『綿糸とか、生糸とか、地方の機業というようなものは、皆仕事をやめて閉鎖して数十日の間は何もせずに、ただ茫然と天も仰がなかったかもしれぬ……非常な暗黒時代がそこに現出したのであります』(「戦後に於ける我国の経済及金融」岩波書店 1925年)

 大戦中、わが世の春を謳歌した成金の多くは、あぶくのように消えた。支配の道具であったはずのカネに呑みこまれ、その暴力性によって、こっぱみじんに砕かれたのであった。

 だが、山下亀三郎はしたたかに生き残った。

大不況の最中、7カ月の世界旅行に出発

 まわりの成金たちが、目先の利を求めて近海航路に船を大量投入するのを尻目に営業部隊の精鋭を「戦場のような街」シンガポールに送り込み、ジャワ糖、タイ米、ゴム、雑貨と手当たりしだい荷を積みとらせ、荒稼ぎをした。たっぷり内部留保を蓄え、業容を拡大している。

(イラスト:茂本ヒデキチ)

 不景気風が吹き荒れる1920(大正9)年の春、山下は、ヒョイと散歩にでも行くように「こんなときは、ひとつ英米方面をぶらついて来るのがよかろう」と世界を巡る旅に出た。7カ月も社業から離れている。この思い切りの良さは、時勢をかぎわける嗅覚のなせる業であろう。

 山下は、退役した海軍中将と通訳を引き連れて横浜港を出帆した。サンフランシスコからシアトル、バンクーバーを経て、シカゴ、ニューヨーク、ワシントンと見て歩く。

 空前の大繁栄を遂げているアメリカに度肝を抜かれた。超高層ビルの谷間に自動車が溢れ、家にはラジオや家電製品が普及していた。

 米国から大西洋を横断し、英国に渡る。ロンドンのホテル「クラリッジ」に旅装を解いた。そこは世界の国家元首や貴族が宿泊する超高級ホテルだ。

 亀三郎は1階に部屋をとり、わが物顔で、ホテルのなかをのし歩いた。

 なんと、アール・デコ調の優雅な内装を凝らしたホールのど真ん中を、日本から持参した浴衣をひょいと羽織ったまま「ゴメンねー、ゴメンねー」とちょんちょん手刀を切りながら、押し通った。英国の格調高きホテルも日本の温泉宿も泥亀にかかっては似たようなものか……。世界に冠たる「大英帝国」の中心に来ても、マイペースを崩さない。

 このクラリッジでは、部屋を1階から7階へ替えられた。
 山下は、後年、次のように語っている。

『ロンドンの習慣では、一番好い室は主に一階にとってあるようだ。ところが、突然その室をどうしても変わらなくてはならない事情が起って、七階の室に移った。その原因は遺憾ながら今話すわけにはいかないが、これはどうしても何かに書き残しておきたい。その七階に変えられた理由は、今海軍航空少将である桜井忠武氏と、わが山下汽船の長屋支店長森本元の両氏がしっているだけだ』(1940年8月7日談)

 おそらく山下のマイペースぶりにホテル側が手を焼き、上階に「隔離」したものだろう。

 海外でも平常心を保つ山下の嗅覚は、鋭かった。

 「この際、ロンドンには出張員ではなく、子会社をつくって、デンと腰をおろし、世界の動きを大観する必要がある」と現地法人ヤマシタ・コーポレーションを設立し、期待の星、田中正之輔を送り込む段取りを整えている。

 山下は、ロンドンからアムステルダムに移動し、欧州大陸の土を踏んだ。

 列車がオランダ領を離れてドイツに入るや、敗戦国のむごさが車窓に迫った。牧場に牛馬はいない。夜、ベルリンのホテルに自動車で着くと、十数人の女たちがいっせいに群がってきた。戦地に散った軍人の未亡人や娘であった。生き延びるために春をひさいでいる。さすがの亀三郎も、言葉を失った。

 港町ハンブルクには航海に耐えられそうな船は一隻もなかった。埠頭に繋がれているのはすべて廃船だった。これが敗戦の現実なのか……。

 早朝、亀三郎はホテルの窓から市街地を見下ろして、息をのんだ。出勤途上の人びとの姿に尋常でない緊張感がみなぎっていたのだ。

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