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【時代のリーダー】諸井 虔・秩父セメント会長

再登場の才子「あと2年」、日本の設計に意欲示す

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2009年3月12日(木)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1991年7月8日号より

リクルート事件による空白を経て、日経連、経済同友会などの表舞台に再登場してきた。
歯切れの良い発言と行動力には周囲の期待も大きく、そうのんびりとはさせてくれない。
財界の“参謀”役として、日本の設計に意欲を示している。

=文中敬称略(森 一夫=日本経済新聞編集委員)

「コミュニティーの今後の役割
根本から検討したい」

諸井 虔氏

諸井 虔(もろい・けん)氏
1928年東京生まれ、63歳。53年東京大学経済学部卒、同年日本興業銀行入行、67年秩父セメントに入社、76年同社長。86年同会長。85年経済同友会副代表幹事。88年同副代表幹事辞任。91年日経連政策委員、経済同友会地方活性化委員長。

 「あなたは経団連の方はやらないのかね」。経団連の首脳の一人が少々からかい気味に尋ねると、諸井も苦笑い。「いや、もう今でさえ弱っているんです」。5月末の経団連の総会後のパーティーでの一幕だ。

 今年、日経連の政策委員になり、企画委員長、広報特別委員会副委員長に就任した。昨年幹事に復帰した経済同友会では、地方活性化委員長を引き受け、さらに日本経済調査協議会の副理事長のイスも回ってきた。リクルートの江副浩正前会長から未公開のリクルートコスモス株の譲渡を受けたのが批判されて、経済同友会副代表幹事を辞任したのが88年12月だった。引き続き日経連の関東経営者協会会長なども辞し財界活動から身を引いていた。

 一緒に同友会の副代表幹事を辞めた牛尾治朗・ウシオ電機会長がいまだに表立った動きを見せていないのと比べると、慌ただしい復権という印象は否めない。「少し急ぎすぎているのでは」と見る財界人もいる。だが経緯は、相手側からお呼びがかかって、諸井がそれにこたえたという形だ。

 日経連では、今年新会長になった永野健・三菱マテリアル会長が次期会長という含みで副会長に昨年就任した時から、永野の相談に乗ってきた。同友会で副代表幹事だった永野とは以前から親しい。そんな関係で“入閣”を要請されたのである。同友会でも速水優新代表幹事が石原俊前代表幹事の後任に内定すると早々に協力を求めてきた。

 日経調の理事長である鈴木治雄・昭和電工名誉会長は「私もいつ倒れるか分からない。だから諸井さんに副理事長を頼んだんだ」と語っている。副理事長職はわざわざ新設したものである。鈴木が諸井をいかに買っているかがわかる。腰が軽く、論客でもある諸井は参謀役として極めて便利な存在である。

 「本当は無位無冠で、相談にあずかりながら走り使いでもして、表に出ない方がよかったと思いますが」と諸井は語る。しかし本人にその気がなければ、いくら頼まれても出て行かないだろう。「世界の新秩序が模索される中で、日本をどう設計するかが今、大きな課題です。その点で頼まれた仕事は偶然にも相互に関連があるんです。だから、私も興味があって、つい引き受けてしまったというところでしょうか」と言う。

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