「日経ビジネスが描いた日本経済の40年」

【時代のリーダー】川村 茂邦・大日本インキ化学工業社長

耐えて咲いた“オーナー”国際M&A結実へ仕上げ

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2009年3月23日(月)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1992年6月1日号より

化学産業の将来を先読みした相次ぐ米企業買収で「ミスターM&A」に。
カリスマ型の岳父の後を継いで辛酸をなめたことが、大器晩成の才を開かせた。
道半ばの国際化戦略の練り直し、将来に向けたオーナー経営の舵取りに注目が集まる。

=文中敬称略(中川 貴雄)

川村 茂邦

川村 茂邦(かわむら・しげくに)氏
1928年中国・大連生まれ、63歳。53年東京大学法学部卒業、日本長期信用銀行入行。56年米国留学。58年、当時の大日本インキ化学工業社長、川村勝巳の長女、純代と結婚。59年同社入社、71年取締役、72年常務、74年専務、76年副社長を経て、78年から社長。

 この4月、三井東圧化学と三井石化の合併交渉が報じられた。両社は直後に交渉凍結を発表したが、弱小な日本の化学メーカーが生き残るには、合併・買収(M&A)による企業規模の拡大、得意な製品での国際シェア獲得しかないことを印象づけた。だが、世界は進んでいる。この直後に米デュポンがアクリル事業を、英ICIがナイロン事業を相互に譲渡するというドラスチックな事業スワップを発表した。再編の入り口に立ったばかりの日本の遅れがいやでも目立つことになった。

 その化学業界の中で、独り泰然と構えている男がいる。大日本インキ化学工業(DIC)社長の川村茂邦だ。1986年に米国大手インキメーカーのサンケミカル、翌年にはやはり米大手の樹脂メーカー、ライヒホールド・ケミカルズの買収を済ませている。これで、DICグループは、世界の印刷インキで15%のトップシェア、インキ原料の有機顔料でもトップの独BASFに迫る20%以上のシェアを確保した。日本メーカーが慌てて再編に動き始めるはるか以前に、手を打っていたのだ。

 特にサンケミカルは、今年度で買収価格と資産価値の差額に当たるノレン代の償却を終わり、来年度からは100億円近い利益を計上する見通しが立っている。得意分野でシェアを拡大したことに加え、研究・開発成果を共用できるメリットもある。川村が一歩先を見ていたのは間違いない。

 これからの化学業界では「世界でナンバーワンにならなければ日本でナンバーワンになれない」との明快な論理に加え、ジャパンマネーを利用した「内−外型M&A」がブームになる前に仕掛けた度胸もある。精かんな風貌とあいまって、川村には辣腕(らつわん)の国際派経営者という形容詞がよく似合う。

サラリーマン生活に悩むころ
降ってわいたように養子縁組の話

 だが、そんな川村に臥薪嘗胆ともいうべき苦闘の時期があったことは意外に知られていない。本人の言によれば「もともと能力がなく」、人の良さが取りえだった男が、経営者になるべく敷かれたレールに偶然乗り、その立場に身の丈を合わせるために苦しんだというのが川村の前半生なのである。

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