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【時代のリーダー】石丸 典生・日本電装社長

自然体は大病・転職体験から 技術への誇り、次の飛躍に

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2009年3月25日(水)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1992年8月24日号より

自動車部品メーカー最大手となった原動力のカーエアコンの技術を育てた。
会社の地位、社員のプライドを高めるため「自分のために働け」と唱える。
その裏に3度転職し、肺結核で長期間療養した若き日の体験がある。

=文中敬称略(酒井 綱一郎)

石丸 典生

石丸 典生(いしまる・つねお)氏
1928年7月三重県生まれ、64歳。51年東京大学工学部卒、結核を患い2年間療養。54年東大生産技術研究所入所。日本内燃機製造、東京発動機(現トーハツ)を経て、62年日本電装入社。78年取締役。79年工学博士。89年副社長、91年3月社長就任。

 自動車業界のトップ層に名を連ねる友人と比べてみると、日本電装社長、石丸典生の生き方が浮かび上がる。

 日産自動車副社長の丸茂長幸。22年前に電子制御自動変速機を完成させるなど開発畑を歩み、日産のエレクトロニクス化を推進してきた。

 トヨタ自動車常務の隈部英一。豊田喜一郎に請われ東京大学助教授からトヨタ入りして自動車事業の礎を築いた隈部一雄元副社長のおいで、クラウンの開発に携わり開発畑を歩んだ。

 そして石丸。日本最大の自動車部品メーカーの社長に就任して2年目。カーエアコンで世界の4分の1のシェアを占めるまでに冷暖房事業を育て上げた。

 石丸と丸茂は東大第二工学部の機械工学科の同窓。石丸と隈部は以前いた会社の同僚という間柄だ。この3人は、学生時代に結核を患い、希望通りの就職ができなかった点で共通している。

 丸茂は東大時代に結核で病床に就き、それが原因で日産に断られた。「胸が完全に治ったら来なさい」と言われ、別の会社で過ごした後、大学卒業から8年後にようやく日産に入社している。隈部もトヨタを受験し、学科試験は合格したが身体検査で結核を理由に断られ、石丸と同じ会社で過ごした後、トヨタに中途入社している。

 丸茂、隈部が最後は第一志望の会社に入社してみせる執着心があったのに対して、石丸は流れに身を任せて日本電装にたどりついた感じだ。

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