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【時代のリーダー】阿久津 哲造・テルモ社長

人工心臓の権威が経営者に 世界に通じる開発力を追求

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2009年4月10日(金)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1993年10月25日号より

研究一筋に生きてきた人工心臓の世界的権威が、ワンマン社長の急逝で、ある日、企業経営を託された。経営能力は全く白紙。研究者として長年培った技術に対する勘と研究開発にかける熱意を頼りに、世界市場で勝負できる技術力の育成に臨む。

=文中敬称略(深尾 典男)

阿久津 哲造(あくつ・てつぞう)氏
1922年群馬県生まれ、71歳。47年名古屋帝国大学(現・名古屋大学)医学部卒業、54年同博士課程修了。57年渡米し、クリーブランド・クリニックの人工臓器部に留学、人工心臓の研究に携わる。その後、ニューヨーク州立大学医学部外科助教授、ミシシッピ州立大学医学部外科教授などを経て、81年に帰国。国立循環器病センター研究所副所長、金沢医科大学教授を経て89年12月にテルモ副社長に就任。93年4月から現職。 (写真:村田 和聡)

 日本では、革新的な技術は育たないと言われる。今年4月にテルモ社長に就任した阿久津哲造も、米国で腕を磨いた一人だ。1957年に渡米、全米最大規模の独立系総合医療機関であるクリーブランド・クリニックの人工臓器部長で、世界的な権威のウィレム・コルフの下で研究を始めた。その翌年、世界で最初の人工心臓を開発、犬を使った応用実験に成功した。

 阿久津は現在、「人工心臓の権威」として、世界的に認められている。東京女子医科大学教授の小柳仁と始めた国際シンポジウムには、毎回、名声を慕って、全世界から数百人の研究者が集まってくる。

「自分の運命」と腹をくくり
研究生活から経営の世界に

 研究一筋に生きてきた阿久津だが、今、企業経営という新しい課題に果敢に挑戦している。阿久津が副社長を務めていたテルモの前社長、戸沢三雄がこの春に急逝、周囲から社長に推されたためだ。

 21年間にわたり社長を務めた戸沢は超ワンマンで、「強力な人事権を背景に一種の恐怖政治を敷いていた」(元社員)。その半面、強烈な求心力を持っており、社内は常に張り詰めた空気に包まれていた。ワンマン経営者の死は、社内に高まっていた不満を解消したが、その一方で求心力を失わせ、テルモを空中分解させるほどの衝撃を与える可能性があった。

 そうした中で「何よりも求心力を」という社内の声に推されて、最年長の役員であり、「社外の信用も高い」(テルモ専務の和地孝)阿久津に白羽の矢が立ったのである。

 しかし、社会人としての大半を研究者として過ごした阿久津にとって、経営は全く未知の世界。独特の経営手腕でテルモを上場企業に発展させた生え抜きの戸沢の後を襲い、社員をグイグイ引っ張っていくのは並大抵のことではない。研究生活にも未練があったが、「今は会社の非常時。組織の安定のためには、あなたしかいない」と、他の経営陣から頼まれれば、断ることもできない。結局、「これも自分の運命。全力でぶつかるしかない」と、腹をくくった。

 阿久津は運命論者である。これまでもたびたび「自分の運命」を意識してきた。その都度、自らの運命に従い、その中で全力を尽くす。社長就任が決まった時も「自分は経営者としては全く白紙。それならば、研究者としての経験を頼りに、総合的な判断だけは誤らないようにしよう。財務や営業など不得手な分野は専務以下、専門家に任せよう」と割り切った。

 阿久津が初めてテルモという会社に出合ったのは、国立循環器病センター(大阪府吹田市)の副所長だった80年代半ば。それまでテルモについては、細々と体温計を作るイメージしか頭になかった。

 戸沢は当時、「これからは人工臓器など高度な医療機器を手掛けたい」と考え、そのシンボルとなる、世界に通用する研究者を社外に求めていた。その戸沢の目に留まったのが阿久津だ。研究開発部門を担当していた専務の石井一郎が循環器病センターを訪ね、顧問に就任することを要請した。

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