• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

【時代のリーダー】村山 富市・内閣総理大臣

タブー破り社会党を変える 理念におぼれず現実を直視 「御輿に乗る」人生にピリオド

  • 日経ビジネス

バックナンバー

2009年4月15日(水)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1994年9月5日号より

御輿に乗せられ、政界の階段を上る不思議な人生を歩んできた。
戦略的に待ちの姿勢を取る竹下登タイプの政治家ではない。
浅沼・元委員長の「大衆とともに、大衆に学ぶ」信条を受け継ぐ。
「自衛隊合憲」、「非武装中立は役割を終えた」など
総理になってからの発言は現実を直視した村山流の挑戦である。

=文中敬称略(斎藤 正一)

 「この子は変わっちょる」--。

 村山富市の兄、秀雄は、母クラが、「腹も立てなければ、兄弟げんかもしない」富市を見て、こう言ったのを覚えている。

 弟の英一郎も「富市兄とだけは、よく遊んだ。優しく怒らない、寛容な兄だった」と語る。村山は少年時代から、温厚な性格で親しまれる少年であったらしい。

「信義に厚く約束は必ず守る人
だから党派を超えて総理に推せた」

村山 富市(むらやま・とみいち)氏
1924年(大正13年)大分市に生まれる。70歳。46年3月、明治大学専門部政治経済科卒業。55年に大分市議。大分県議を経て、72年に衆議院議員。80年の衆参同日選で落選、現在7期目。91年、社会党国会対策委員長に選ばれてから表舞台に登場した。93年社会党委員長、94年内閣総理大臣就任。国会では長く、衆院社会労働委員会理事を務め、年金、福祉、医療問題には造けいが深い。

 60年を経た今でも、親しまれる性格は変わらない。地元大分では、だれもが村山を総理、先生とは呼ばない。タクシーの運転手は今でも、親しみを込めてトンちゃんと呼ぶ。

 「何度かトンちゃんを乗せたことがあるけど、普通の人と全然変わらんで。古いカバンを持って独りで、飛び歩きよったわ」

 大分市千代町の自宅は木造平屋建て、繁華街から、さほど遠くない場所にある。道路に面していきなり戸口がある。ひさしは傾き、壁はあちこちに亀裂が入り、はがれ落ちている。玄関は戸が少し傾いているため、一度では開かない。近ごろ珍しい見事なボロ家だ。

 後援会では、「トンちゃんの家は築110年はたっている。普通の議員は2期務めれば塀が建つというが、あの家には塀もなければ門もない」と妙な自慢をする。

 時の総理ならば、少年時代に気の利いたエピソードの1つがあってもよさそうなものだ。

 小学校時代の同級生で元大分県副知事の桑原豊は、「とにかく印象に残らない人だった」と言う。

 「成績は普通で級長をしていたわけでもない。スポーツでも目立たなかった。お互い足は遅かったので、トンちゃんと一緒に走ると、ビリにならずに済んでうれしかった」

 大分市内の漁師町で、11人兄弟の6男に生まれた。父、百太郎は網元の二男坊で鮮魚仲買商を営んでいた。

「日経ビジネスが描いた日本経済の40年」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

変化を受け入れやすい組織体質があればビジネス上の“地殻変動”が起きた際にも、他社に半歩先んじられる。

井上 礼之 ダイキン工業会長