先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。
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1997年3月17日号より
「本田イズムの否定」から始めた社内改革も6年余りが経過した。
国内外で新型車がヒットし、改革が実を結びつつある。
「絶海の孤島に1人残されても生きていける」。この強烈な自負が、周囲の「ヒトラー」という批判を生み、本田を蘇らせもした。
全面展開ではなく、一点突破を狙う新しいタイプの経営者だ。
=文中敬称略(山川 龍雄)

| 1936年3月 | 東京都生まれ、61歳 |
| 63年3月 | 東北大学大学院精密工学科卒業 |
| 4月 | 本田技術研究所入社 |
| 81年5月 | 本田技研工業取締役 |
| 89年6月 | 同専務 |
| 90年6月 | 社長就任 |
今年2月10日、宮崎県のリゾート施設「シーガイア」に着いた川本信彦は、南国の空気に触れたせいもあってか、いつになく明るかった。
好調な国内販売のお礼として、全国から招待した販売店の社長夫婦と握手していくうち、左手をそっと相手の右肩に添えるようになっていた。川本が利き腕の左手を動かすときは、機嫌の良いしるしである。業務や飲食には右手を使うので、右利きと思っている人が多いが、持って生まれたのは左利き。「社長の気分が知りたければ左手を見ろ」。本田技研工業の社員の間で密かに伝えられている、機嫌をうかがう方法だ。その左手が最近よく動く。
1997年3月期の経常利益は1550億円を見込む。前年の3.3倍、過去最高益の1.88倍に跳ね上がる。円安で収益の回復が著しいトヨタ自動車でも、過去最高益の0.84倍にとどまる中で、自動車業界ではダントツの回復力だ。
牽引役はもちろん、94年秋に発売した「オデッセイ」を皮切りに、95年秋の「C‐RV」、96年の「ステップワゴン」「S‐MX」と、発売すればヒットを飛ばした一連のRVだ。国内では売れ行きが鈍い主力セダン「シビック」と「アコード」も、海外では絶好調。米国ではシビックの生産が間に合わず、鈴鹿製作所(三重県鈴鹿市)が休日を返上して生産、輸出で対応している状況だ。昨年タイで発売したアジア向け小型車「シティ」も、東南アジア各国に販路を伸ばして快走している。
「本田宗一郎を忘れろ」
いまや絶頂の極みにあると言えるが、ほんの2年前までは川本に対する社内外の風圧は強かった。95年元旦の新聞は、1面トップで「本田技研工業と三菱自動車工業が合併」と報じた。川本には身に覚えがない。RVに出遅れ乗用車に固執していた本田と、乗用車は弱い半面、飛ぶ鳥を落とす勢いのRVを持つ三菱自工が合併すれば、相互補完できると机上で計算したある銀行筋の発言が発端だった。
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