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【時代のリーダー】佐久間しょうじ・日本衛星放送(WOWOW)社長

失脚乗り越え異業種で“復活” 松下電器元副社長、赤字会社を再建 わかりやすい経営指針で求心力高める

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2009年5月13日(水)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1998年3月23日号より

松下電器産業で異例のスピード出世、社長候補にも擬せられた。
しかし、子会社が不正融資に絡んだ事件の責任をとらされて失脚。
1年後、日本衛星放送社長に転じ、経営危機を脱して名を上げた。
現場重視とわかりやすい方針説明で社員の求心力を高める。
2000年の株式上場を目指し、新規参入組との競争に立ち向かう。

=文中敬称略(降旗 淳平)

 「ちょっと下の階を見てくるから」

佐久間 曻二(さくま・しょうじ)氏
 1931年11月23日、新潟県上越市生まれ、66歳。5人兄弟の末っ子。56年大阪市立大学大学院経営学研究科修了後、松下電器産業入社。83年取締役就任。常務、専務を経て87年副社長。92年参与。93年に現職に就任。
 家族は彰子夫人と2女。松下電器時代、11年で9回の引っ越しを経験。海外駐在を含めすべて家族を同伴した。「女房と娘の対応能力に感謝」という。健康維持のため毎朝40分、気功術の一種、西野式呼吸法を実践している。 (写真:石河 行康)

 仕事の途中、少しでも暇な時間ができるとすぐさま社長室を飛び出し、社内の“散歩”に出かけて気軽に社員と話し合う。夜、居酒屋で若手社員と鉢合わせしても、「こっちへ来い」と手招きし、平気で席を同じくする。

 年に2回、デコーダーと呼ばれる専用受信機の販売を委託している全国数百カ所の家電販売店に出向き、店の担当者から直に販売状況や要望を聞く。

 柔和な顔つきで現場を歩き、多くの声に耳を傾け、経営戦略を練る――。松下電器産業の営業畑という異業種出身ながら、経営危機に陥っていた日本初の民間衛星放送会社、日本衛星放送(WOWOW=ワウワウ)を立て直し、一躍名を上げた佐久間曻二は、そういう人だ。

 「復活」という言葉が佐久間ほどふさわしい経営者は、ここ数年、見当たらない。

 新潟の酒販店の息子に生まれた佐久間は1956年、大阪市立大学大学院を修了。同期生のなかでただ1人、実業の道を選んで松下電器産業に入社した。

 入社2年目のとき、実力者である高橋荒太郎副社長(当時)に、「毎朝全員で社歌を斉唱するような松下の朝会は古くさい。見直すべきだ」と直言。「君は再教育の必要がある」と怒らせるなど、若いころからはっきりモノを言う姿勢は際立っていた。

天国から地獄への転落味わう

 こうした性格が災いしてか、役員になるまでは傍流を歩き、出世も遅いほうだった。だが、80年に経営企画室長に抜擢されてからはトントン拍子に出世。 87年には、取締役就任からわずか4年で副社長にまで駆け上がる。役員昇格に慎重な松下電器では、異例のスピード出世だった。

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