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【時代のリーダー】堀 威夫・ホリプロ会長

色眼鏡で見られがちな芸能プロの近代化に尽力 運をつかんできた飽くなき挑戦者 60歳で変身宣言、“常識破り”続行中

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2009年5月18日(月)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1999年6月28日号より

自ら興した芸能プロを上場、普通の会社に近づける近代化に尽力する。
小さな運を逃さずにつかみとり、ヒットを連発して今日を築いた。
挫折を糧に「2割5分の経営」を編み出し、リスクを分散。
自ら社長50歳定年説を唱え、早々に会長へと退いた。
夢は21世紀にグループ売上高500億円達成の筋道をつけること。

=文中敬称略(降旗 淳平)

堀 威夫(ほり・たけお)氏
1932年10月15日横浜市生まれ、66歳。55年明治大学商学部卒業。在学中にウエスタンバンド「ワゴン・マスターズ」に参加。56年「堀威夫とスイング・ウエスト」結成。58年東洋企画設立。60年ステージ活動から引退し、ホリプロの前身である堀プロダクションを設立、社長就任。84年会長就任。 89年株式を店頭公開。97年東証2部に株式を上場。 (写真:原川 満)

 日に焼けた肌にいかにも快活な印象を与える大きな目。目上の人にはもちろん、目下の人にも丁重な姿勢を崩さない。何か調べ事があったりすると部下に頼まず、さっさと自分で動く――自ら興した芸能プロダクション、ホリプロを1997年に東証2部に上場させ(店頭公開は89年)、連結売上高144億円強(99年3月期)の企業グループに育てた創業会長、堀威夫の人となりを端的に言うと、こんな感じになるだろうか。

 堀は、「芸能プロダクションを近代化した男」と業界関係者から呼ばれている。かつてミュージシャンやタレントのマネジメントをする芸能プロダクションといえば、世間からどうしても怪しげな会社と見られがちだった。堀はこの認識を打ち破るために努力を続け、芸能プロでは初めての株式上場を果たしたからだ。

 高校時代にミュージシャンの仲間に入り、20代半ばには芸能プロの経営者としても成功していた堀だが、当初はこの仕事に強い思い入れを持っていなかったという。その堀が芸能プロの経営を男子一生の仕事にしようと強く考え始めたのは、ある出来事がきっかけだった。66年、長男の私立小学校入学試験でのことである。

 親への面接で職業を聞かれた堀は、「芸能プロダクションです」と答えた。すると、とたんに面接官の先生の顔色が変わるのがわかったという。

 「このとき、芸能プロという仕事を何としても社会に認知させなくてはと心に誓った。将来、社員が自分と同じ思いをするのだけは避けたい」と堀は述懐する。

 堀はまた、社会に認知されなければ芸能プロの将来は覚束ないとも直感した。芸能プロにとっての財産は人だけなのに、社会に認知されないままでは優秀な社員を採用できないからだ。そこで出した答えが、株式上場だったのである。

 「こちらがいくら理論武装して、社会に向かって芸能プロの仕事を説明しても埒らちがあかない。この仕事を社会に認知してもらうには、株式の上場を果たし、経営の透明性を証明するしかなかった」と堀は振り返る。

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