• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

【時代のリーダー】井川 高雄・大王製紙代表取締役

業界3位を築いた「2人目の創業者」 倒産、異端視…屈辱をバネに飛躍 ワンマンの怖さ知る“超ワンマン”

  • 日経ビジネス

バックナンバー

2009年5月20日(水)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

1999年9月6日号より

父の後を継ぐべく入社したが、その年に倒産に見舞われた。
再建に邁進する父との激論から、経営を学んだ。
王子製紙などに異端視された屈辱も、バネに変えていく。
大昭和株の買い集めも、大王の存続に必要な投資と考えた。
「強い会社にする」執念と、人並み外れた知識欲は今も衰えない。

=文中敬称略(塩田 宏之=編集委員)

井川 高雄(いかわ・たかお)氏
1937年8月28日愛媛県生まれ、62歳。62年慶応義塾大学文学部卒業、大王製紙入社。同年に大王製紙が会社更生法を申請し、関係会社に出向。65年に更生手続きが終結、大王製紙に戻る。67年取締役、72年常務、87年社長。88年に東証1部再上場。95年会長、99年6月から代表取締役・関係会社会議議長。強烈な個性の2代目経営者で、製紙業界きっての理論家でもある。 (写真:清水 盟貴)

 ワンマン経営の怖さが骨身にしみている超ワンマン――。大王製紙代表取締役の井川高雄は、そんな矛盾を内面に抱えた経営者だ。

 大王製紙の創業者である父の社長時代に、井川は倒産という修羅場を経験したが、父と力を合わせて大王を再建。家庭用紙への参入など時代の先を読む経営手腕を発揮して、同社を王子製紙、日本製紙に次ぐ業界3位の総合紙パルプメーカーに育て上げた。

 しかし、井川が異色の経営者として光彩を放つのは、そうした実績だけが理由ではない。彼はしばしば同社の役員をも驚かせる経営判断を下す。

 1995年に社長を退いた時は、誰もが副社長で実弟の俊高(現会長)に後を継がせると思っていた。しかし、あえて創業者一族ではない大沢保を後継者に指名した。昨年7月末には突如、ライバルである大昭和製紙の筆頭株主となり、業界ばかりか、大王社内をも仰天させた。いずれも井川の独断だ。

 それらは一見、創業家の2代目にありがちな思いつきに映る。しかし、井川にとっては決して突飛な決断ではなかった。彼は創業者の長男として、「倒れるぐらいの苦労と、屈辱」を味わってきた。このため「会社を組織として強くしたい」との思いは人並み外れて強い。それが井川に次々と“奇策”を打ち出させる原動力になっている。

 では、井川はいったいどんな苦労と屈辱を味わったのだろうか。

卒業の日に倒産を知る

 62年3月21日。井川は横浜市にある慶応義塾大学の日吉キャンパスで、大王製紙の創業者である父、伊勢吉を待っていた。この日は井川の卒業式で、4月には大王に入社することが決まっており、父が式に出席してくれるはずだった。祝うべき日なのに、井川の心は一向に弾まない。季節外れのみぞれが心を一層冷え込ませた。

「日経ビジネスが描いた日本経済の40年」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

リクルートは企業文化そのものが競争力です。企業文化はシステムではないため、模倣困難性も著しく高い。

峰岸 真澄 リクルートホールディングス社長