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【時代のリーダー】三木谷 浩史・楽天社長

ネットビジネスの勝ち組 高いゴールを目指す努力パラノイア 孫正義とのネットビジネス“頂上決戦”

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2009年6月12日(金)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

2001年8月20日号より

「楽天市場」を国内最大のインターネットモールに育て上げた。
銀行員時代には、孫正義、増田宗昭の戦略ブレーンとして活躍、
ユニークな2人の経営者から学んだ手法が楽天の急成長を支える。
ライバル、孫が率いるソフトバンクとは異なるアプローチで
楽天をインターネットのインフラ企業に脱皮させることを狙う。

=文中敬称略(小林 直樹)

過激発言に大物政治家の熱視線

 「楽天は400人の社内スタッフ以外に5000人の雇用を生み出しました」

 6月30日の夜、小泉内閣の「経済財政運営の基本方針」の閣議決定を受け、NHK総合テレビで特別番組「緊急討論 待ったなし日本経済“聖域なき改革”を問う」が放映された。「楽天市場」を国内ナンバー1のインターネットショッピングモールに育て上げた三木谷浩史(36歳)は、経済財政担当大臣の竹中平蔵、財務大臣の塩川正十郎、東京都知事の石原慎太郎などと議論のテーブルを囲んだ。

三木谷 浩史(みきたに・ひろし)氏
1965年3月、神戸市生まれ。36歳。1988年、一橋大学商学部卒業後、日本興業銀行に入行。93年、ハーバードビジネススクールでMBA取得。帰国後、本店企業金融開発部でM&Aアドバイザーを担当。95年11月に興銀を退職。クリムゾングループを設立。97年2月、エム・ディー・エム(現・楽天)を設立、同年5月「楽天市場」オープン。2000年4月、店頭上場を果たす。 (写真:清水 盟貴)

 その席で三木谷が言い放ったのが冒頭の言葉だ。楽天市場の成功はもはや説明するまでもない。1997年5月、わずか13店でオープンしたネット上の無名のショッピングモールは、2000年4月、起業からわずか3年で店頭上場を果たした。

 現在、楽天市場に軒を連ねるショップ約5000店の多くが小規模の個人商店だ。彼らの多くは、実店舗での仕事の片手間にネット経由の注文に対応している。その実情を考えると「5000人の新規の雇用を生み出した」という表現はいささか大仰ではある。

 だが番組の出席者たちは情報技術(IT)産業を牽引する若き成功者の言葉に引き込まれ、「日本の明日を託した」と言わんばかりの熱い視線を送っていた。

 三木谷の発言は時に過激だ。一歩間違えば、夢物語に終わりかねない話を自信を持って語る。“この人ならばやれるかもしれない”と周囲に思わせてしまう独特のカリスマ性が持ち味だ。

 「楽天市場で取引される金額を年間1兆円にする」。月商がまだ20億円規模だった昨年春、三木谷は、こんな目標数字をぶち上げて、副社長の本城愼之介らを驚かせた。「毎月17%成長を続ければ、1年半後には目標に手が届く」。自信に満ちた説明で、無謀とも思えた数値は一転して現実味を帯び、社員はがぜん、やる気を出した。

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