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【時代のリーダー】安部 修仁・吉野家ディー・アンド・シー社長

人にこだわる「牛丼大将」

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2009年6月15日(月)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

2001年10月1日号より

熱血漢で、ざっくばらん。明るい人柄が、周囲の人間を引きつける。
7月の並盛り牛丼の値下げ断行で、「新生吉野家」への脱皮を図った。
「人」を育てる老舗の遺伝子こそが、増収増益を続けるエネルギーだ。

=文中敬称略(広野 彩子)

 「安易な値下げはしない」──。外食産業の値下げ競争からは一線を画していた吉野家ディー・アンド・シーが、値下げに踏み切ったのは、この7月のことだ。

 値下げによる手応えは、店舗での実験で既に得ていた。しかし、主力商品である牛丼並盛りの価格を400円から280円に引き下げるという決断を下すにあたって、社長の安部修仁(52歳)は3日間悩み抜いたという。

安部 修仁(あべ・しゅうじ)氏
1949年9月14日生まれ。68年福岡県立香椎工業高校工業化学科卒業、72年吉野家入社。77年九州地区本部長、81年営業部長。83年取締役開発部長、86年レストラン西武(現・西洋フードシステムズ)取締役。88年吉野家ディー・アンド・シー常務、90年8月代表取締役常務、91年同専務を経て 92年に代表取締役社長就任。家族は妻と3男1女。 (写真:清水 盟貴)

 これまでの店舗運営システムを続けている限り、利益は出ない。価格を引き下げ、かつ、収益を上げる体制を作るためには「組織の硬直性を打破し、これまでの考え方を全面的に変えなければならない」と安部は言う。

 値下げに先立って、安部は東京、大阪、名古屋の3カ所で店長決起集会を開催し、「新しい吉野家を作ろう」と呼びかけた。安部は、組織が硬直化していることを少しずつ感じていた。「硬直してきた時は、打破する課題を作った方がいい」。値下げ競争への参入は、安部が社員に向けて発した改革断行のメッセージでもある。

吉野家を最もよく知る男

 安部にとって、吉野家の改革に取り組むのはこれが初めての経験ではない。1972年に入社してから30年近くになる。その間、吉野家の運命は紆余曲折をたどった。70年代の高成長、80年の会社更生法申請、そして90年の店頭公開、2000年の東証1部上場。この経緯で起きた様々な人間ドラマを現場から見てきたのが安部だ。

 安部はこれまで、現場の業務レベルから経営問題まで様々な改革に取り組んできた。今でも頻繁に店舗に足を運び「お茶から湯気は立っているか」「店はきれいに掃除されているか」などを素早くチェックする。

 東京大学経済学部教授の伊藤元重は、安部を「ビジネスを緻密に考える一方で、吉野家の店での従業員の動き方などを門外漢にも分かるように語ってくれる数少ない経営者」と評する。

 吉野家を最もよく知る男。それが安部だ。吉野家の実質的な創業者、故・松田瑞穂との出会いは安部のその後の人生を根本から変えた。高校卒業後、売れない R&B(リズムアンドブルース)バンドのリーダーとして仲間に給料を払うために吉野家でアルバイトを始めたのが、松田との出会いだった。

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夢の実現にあたっては強く「念ずる」。そうした心構えを支えにビジネスの世界の荒波を渡ってきました。

後藤 忠治 セントラルスポーツ会長