先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。
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2001年4月16日号より
アドバイザリーボードの導入や積極的な買収・提携戦略など
業界の常識を覆す独自の手法で事業を再構築し、帝人を活性化。
今や日本で最も先進的な経営者の1人と評される。
歯に衣着せぬ率直な性格ゆえに会社人生の大半を傍流で過ごしたが
その体験が会社への愛情と大胆な手腕を育んだ。
=文中敬称略(外薗 祐理子)
無名の存在から「先進的経営者」に

1935年1月16日京都府生まれ、66歳。57年京都大学経済学部卒業後、帝国人造絹絲(現帝人)入社。81年海外事業第2部長、82年フイルム販売部長、86年帝人商事物資本部長、88年、テイジン・インドネシア・ファイバー・コーポレーション社長、92年取締役、93年常務、94年専務を経て、97 年社長に就任。毎年インドネシアで過ごす1週間の休暇が息抜きだ。 (写真:寺尾 豊)
1997年6月に62歳で帝人社長に就任した時、その人事を意外に感じた人たちは社内にも少なくなかったという。前社長の板垣宏(現・相談役)の後任に安居祥策の名前を挙げる向きは、少なくともマスコミにはほとんどなかった。ある全国紙は、社長交代会見の前日の夕刊に別人を次期社長として報道した。それほど業界では無名の存在だった。
それから4年が経った今、安居祥策の4文字は、繊維業界のみならず、産業界全体にも知られている。彼を日本で最も先進的な経営者と評価する経済人も1人や2人ではない。
99年、日本の大企業としては最も早くにアドバイザリーボードを導入した。これは年2回、社内外のメンバーに経営内容についての評価・助言を受けるというものだ。自身の社長報酬の決定、進退の勧告、次期社長候補の選定まで委ねられている。メンバーは安居、板垣、化学大手の米デュポン前会長のジョン・クロール、英ICI前会長のロナルド・ハンペル、安居がインドネシア駐在時代に知り合った元中国大使の國廣道彦、そしてキッコーマン社長の茂木友三郎の6人だ。ただし、自身の社長報酬について協議する時、安居自身は席を外す。
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