先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。
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2004年2月23日号より
玩具業界の素人ながら入社3年で社長になり、老舗企業を立て直す。
銀行経営者の名声が地に落ちた中で、「銀行マンの星」と称賛される。
速い決断と高い説明能力で社員の求心力を高める。
=文中敬称略(永岡 文庸)

1945年6月横浜市生まれ、58歳。68年早稲田大学政治経済学部卒業、三和銀行(現UFJ銀行)に入行。東京・麻布支店長を務めた後、第二電電(現 KDDI)に営業本部長として出向。三和銀行に戻りロサンゼルス支店長などを経て96年4月バンダイ入社。米バンダイホールディング社長を経て97年6月に常務管理本部長。99年3月に社長に就任。
「ドラえもん・ザ・ロボット」は3月下旬に発売 (写真:村田 和聡)
バンダイ社長の高須武男は昨年秋に経済誌が上場企業500社の経営者を採点した「社長の偏差値」で堂々の10位に選ばれた。今年発表された日本経済新聞の「平成の名経営者」ランキングでも500人の大企業トップに伍して42位となる。この2つの経営者ランキングに限らず、社長の評価は業績がベースになっている。そして日産自動車のカルロス・ゴーン社長のように、社員の求心力を高め企業再生を果たした経営者の人気は高い。
高須への高い評価も、大ヒット商品「たまごっち」の過剰在庫、セガ・エンタープライゼス(現セガ)合併破綻の後遺症から、大幅赤字転落と創業以来の経営危機に直面していたバンダイを立て直したことが背景となっている。
50歳まで銀行マン。三和銀行(現UFJ銀行)のロサンゼルス支店長の時、肩たたきに近い形で、バンダイに転職した。玩具業界にど素人の高須が入社わずか3年で社長になり、沈みかけた老舗企業を再生する求心力となる。銀行経営者の名声が地に落ちた中で「銀行マンの星」と称賛されるのはなぜか。
理由は速い決断と高い説明能力だ。
昨年秋、「バンダイが任天堂に身売り」といった風説が市場で流れた。任天堂がバンダイ株を128万株取得したことから、UFJ銀行主導の「ゲーム業界再編」と尾ひれもついた。両社の主力銀行が旧三和で、任天堂にも高須同様に三和OBがいたことから出た話だった。高須がバンダイを任天堂に売る仕掛け人と名指しまでされた。
肩たたき転じて社長就任
この時の高須の対応は、徹底した情報公開だった。臨時の記者会見の場や、記者の問い合わせに、詳しい経緯を正直に答えた。
発端は金融機関の株式の持ち合い解消にあること。提携を解消した米マテルのバンダイ保有株200万株の放出もあった。そこに任天堂が「バンダイのソフトを提供してほしい」と株取得の意向を示したこと。株式分割の発表前だから、発表後に任天堂の役員に会い、意向を確かめた。その後、同社は市場から買ったこと――。これ以上はナシで、話は終わる。
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