「日経ビジネスが描いた日本経済の40年」

【時代のリーダー】高田 明・ジャパネットたかた社長

思いを電波に乗せて売る

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2009年7月23日(木)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

2007年3月12日号より

高校時代、好きだった女性に思いを伝えられなかった青年がいた。
成人した彼は、自分の言葉で人を惹きつける術を身につけた。
豊かな生活を届けることを生業と決めた彼は電波を通して接客する。

=文中敬称略(編集委員 田中 陽)

 「さあ、今日は感動のハイビジョンテレビからスタートしましょう。さあ、皆さん。ちょっとテレビを替えてみませんか。変わりますよ。世界が。お部屋の雰囲気が本当に変わります。ご紹介するのはシャープのアクオスです」

 独特の甲高い声。時折、生まれ故郷の長崎県平戸市の朴訥とした方言が交じる語り口が、聞く人の耳に残る。

高田 明(たかた・あきら)氏
1948年11月長崎県平戸市生まれ。大阪経済大学卒業後、ナットやボルトなどの結合部品やプレス機械などを手がける阪村機械製作所に3年間勤める。74 年に父が経営する「カメラのたかた」入社。86年に独立して「たかた(現ジャパネットたかた)」を設立。90年にラジオショッピングを開始して現在のメディア戦略の基礎を作った。
上場も都会への本社移転も全く考えていない(写真:西島 善和)

 テレビ・ラジオ通信販売などを手がけるジャパネットたかた(長崎県佐世保市)。社長の高田明が1994年に深夜の30分番組として始めたテレビ通販が、今ではCSデジタル放送などを通じ、全国どこかのチャンネルで番組が流れているまでに成長した。お茶の間に話しかける姿は並のテレビタレントよりも露出度は高い。電波商人と言ってもいい。2006年12月期の売上高は1000億円を突破。家電販売業として10位前後にランクされる。

 取材で訪れた2 月19日。午後2時5分から約50分、北海道から沖縄県まで6局を同時生中継して薄型テレビ、電子辞書、デジタルカメラなどを紹介した。「スポーツ好きな方、映画の好きな方。ぜひともご検討ください。きれいですよ」。高田のテンションは徐々に高まっていく。そして商品紹介のクライマックスがやってきた。声はさらにトーンが上がる。「テレビ台とDVDプレーヤー、5.1チャンネルのスピーカーもつけて、なんと。安いですよ。13万9800円。金利・手数料はジャパネットたかたが負担します」。

 スタジオにいるスタッフが耳を押さえたくなるほどの声だった。

能弁から一転、静の人に

 アクオスを生番組で紹介するのはもう10回以上になる。当然、セールスポイントは押さえているはずだが、紹介する時間は予定より2分以上オーバーしていた。「伝えたいことが毎回、違ってきますから」。

 生番組が終わりインタビューを始めたが、声のトーンは誰もが知っているテレビから聞こえてくるあの声よりも1オクターブは低い。しかも小声でゆっくり話す。スタジオでの能弁さは消えていた。姿勢も少し前かがみ。58歳という年齢よりも若く見える容姿ゆえに創業経営者によくある強烈な個性をうかがい知ることはできない。

 高田がなぜテレビ番組になるとあれほどまでの存在感を出すことができるのか。平戸にある県立猶興館高校の同級生で今でも連絡を取り合う江口満に聞いたが「昔の高田君からは皆目見当がつかない」と言う。10年ほど前にブラウン管に映し出された高田の姿を見ても全く気がつかなかった。高校時代は海岸線に立つ校舎の窓から「一人静かに平戸の海を眺めていた物静かな青年」。それが江口の高田評だ。

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