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【時代のリーダー】奥田 務・J・フロントリテイリング社長

ネアカな理詰めの改革者

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2009年7月31日(金)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

2008年1月7日号より

大丸、松坂屋の経営統合を仕掛け、百貨店大再編の口火を切った。
老舗の暖簾と伝統を守り抜くために、変わることの必要性を説き続ける。
大丸創業来の理念、「先義後利」を時代に合わせ読み解き実践する。

=文中敬称略(田中 陽)

 昨年12月17日正午。奈良の春日大社の摂社・若宮神宮で、年の瀬を彩る春日若宮おん祭のメーンイベント、お渡り式が始まった。約1000人が鎧兜や着物など平安から江戸の時代衣装を身にまとい古都を練り歩く。この伝統行事を静かに見守る人物がいた。

古都の祭りに思いを馳せる

奥田 務(おくだ・つとむ)氏
1939(昭和14)年三重県生まれ。68歳。64年慶応義塾大学法学部卒業後、大丸入社。95年取締役。97年社長就任。2003年会長兼CEO(最高経営責任者)。2007年9月、松坂屋HDと経営統合し、J・フロントリテイリングを設立し、社長兼CEOに就任。 (写真:松谷 祐増)

 奥田務、68歳。9月に大丸と松坂屋ホールディングス(HD)が経営統合して誕生した日本最大の百貨店グループ、J・フロントリテイリング社長兼 CEO(最高経営責任者)として、経営の陣頭指揮を執る。東京、名古屋、大阪の各本社を行き来する超多忙な奥田が奈良に足を運んだのには訳がある。歴史の重さを再認識するためだ。

 「今年で872回。すごいね。1136(保延2)年から絶やさずに続いている」。奥田は歴史の試練に耐え、民衆の支持を集め続ける若宮おん祭を自身の責務に重ね合わせている。それもそうだろう。大丸と松坂屋。歴史を足せば700年近くになる。時には企業生命を絶たれそうになったことが幾たびもあったが、先人たちの知恵で乗り切り、歴史と伝統を継いできた。奥田は出身の大丸と、大丸より100年以上も伝統のある松坂屋を率いる。奥田はふと1年前のことを思い出した。

 関西財界から担ぎ出された奥田は2006年12月17日のお渡り式に参加した。行列の中心的な存在で、関白の格式を持つ日使(ひのつかい)として馬にまたがり沿道からの視線を集めていた。お渡り式の荘厳さに士気が高揚しただけではない。約1週間前、奥田は松坂屋HD社長の茶村俊一と統合の協議を開始したばかりで、交渉の行方が頭をよぎっていた。売上高1兆円を超える百貨店グループが誕生する野心的な計画だ。お渡り式を無事に終えた奥田はこんな感想を漏らした。「楽しかった。違う世界だった」。その表情はいつもの笑顔を絶やさず、饒舌な奥田に戻っていたが、この時の体験が統合の決断を後押ししたに違いない。

 奥田が大丸社長に就任した1997年当時、大丸は営業利益率が1%を切る低収益企業だった。抜本的な業務改善に取り組んで4%台まで引き上げ、業界屈指の効率経営を誇る企業へと変えた。松坂屋と組めば主要都市に店舗網を築ける。大丸流の改革を松坂屋に移植すれば規模と効率性も併せ持つ最強の百貨店グループになる。

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