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【時代のリーダー】青野 慶久・サイボウズ社長

パソコン少年の夢は世界へ

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2009年7月28日(火)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

2007年11月26日号より

グループウエア最大手サイボウズの“顔”として市場の開拓に奔走。
創業社長が退任し、経営者として試行錯誤の毎日に苦しんだ。
「日本発のソフトを世界へ」。そんな夢を元パソコン少年は追い続ける。

=文中敬称略(瀧本 大輔)

 今年の9月末、あるニュースがソフトウエア業界で話題になった。国内の中堅・中小企業向けグループウエアの市場で米IBMがトップから滑り降り、代わりに国内のベンチャー企業がその座を奪ったのだ。

 その企業は、サイボウズという一風変わった名前を持つ。企業内でスケジュールや連絡先といった各種情報を共有するグループウエアと呼ばれるソフトの大手で、インターネットでダウンロード販売する手法で急成長。創業10年で売上高は約100億円に達し、東京証券取引所第1部に上場。名実ともに業界トップ企業になった。

青野 慶久(あおの・よしひさ)氏
1971年6月、愛媛県今治市生まれ。戸籍上は妻の姓である西端だが、普段は旧姓を名乗る。94年に大阪大学工学部情報システム工学科を卒業後、松下電工に入社。97年に同僚と3人でサイボウズを松山市に設立、マーケティング担当の副社長に就任。2005年4月に代表取締役社長に就任。趣味は格闘技観戦と野球。職住近接を実践し、自宅からオフィスまで“ママチャリ”で通勤している。
東京都内の本社で。「海外市場はアジアから攻める」という(写真:清水 盟貴)

 8月の創業10周年記念の会見でのことだ。スーツ姿の小柄な青年がマイクに歩み寄り、こう切り出した。「創業当時は高校生に間違われましたが、今は新入社員に間違われるくらいに成長しました」。会場の笑いを誘ったこの青年が、サイボウズ社長の青野慶久だ。

  36歳の青野はサイボウズの創業メンバー3人の1人。明るいキャラクターと物怖じしない性格で、サイボウズの“顔”として創業時からマーケティング戦略を一手に担っていた。既存の考えにとらわれない斬新な手法は、常に話題を巻き起こした。代表例が、サイボウズのイメージキャラクター「ボウズマン」だ。

 「ボウズマーン! ボウズマーン!」

 軽快なテーマ曲に合わせて、アメリカンコミック風のヒーローがマントを翻して地球を駆け巡る。このキャラクターを本格起用したのは、実は創業間もない頃の青野の強い希望だった。

 創業メンバーで前社長の高須賀宣らは、「企業を相手にする商売なのに不真面目ではないか」と難色を示した。しかし、青野は「面白いじゃないですか。絶対に受けますよ」と押し切った。

 結果的にボウズマンは会社の顔として、広く親しまれる存在になった。その後も青野は、ボウズマンをソフトの宣伝に徹底活用。ちょっと面白いことをする自由な社風の会社、という企業イメージにもつながっている。

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