• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

【時代のリーダー】鈴木 泰信・NTN会長

改革の主軸は傍流育ち

  • 日経ビジネス

バックナンバー

2009年7月30日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

2007年10月22日号より

赤字に転落したベアリング会社を立て直したのは意外な人物だった。
工場勤務が長く、前社長の急逝を受け64歳で社長に就任した男だ。
今年、約6年続いた“緊急登板”を終え、後進に未来を託す。

=文中敬称略(佐藤 嘉彦)

鈴木 泰信(すずき・やすのぶ)氏
1936年岐阜県生まれ。59年名古屋工業大学工学部金属工学科卒業後、東洋ベアリング製造(現在のNTN)に入社。初任地は桑名製作所で、その後79年からカナダ工場、ドイツ工場へ計8年間赴任。91年取締役となり、副社長だった2001年11月、前社長の死去で急遽社長に就任。その後6年近く社長を務め、今年6月に会長となった。(写真:高木 茂樹)

 ベアリング(軸受け)メーカー大手のNTNは、2007年3月期決算で5期連続の増収増益を達成した。同社は2002年3月期に最終損益が1億円の赤字に転落。そんなどん底の状態から、社長として強力なリーダーシップでV字改革を牽引してきたのが、今年6月から会長職に就いた鈴木泰信だ。

 鈴木が社長に就任したのは、赤字決算となった期の半ば、2001年11月12日のこと。中途半端な時期に社長になったのには訳がある。前社長だった伊藤豊章が急逝。副社長であった鈴木が急遽昇格したのだ。

 当時、鈴木は既に64歳。本人も周囲も、まさか社長のお鉢が回ってこようとは思っていなかった。

 鈴木は、大学で金属工学を学んだ技術者。役員になるまで、会社人生の大半を工場で過ごしてきた。NTNの常識では、社長になれるはずがない男だった。1970年代から、銀行出身者か事務系が社長を務めてきたからだ。

常に冷ややかに会社を見る

 しかし、本来社長になるはずのない鈴木の登板で、NTNは大きく変わった。それまで、常に傍流を歩き続けてきた鈴木には、会社の現状を客観的に捉える視点が備わっていたからだ。

 採用試験の面接で、試験官に「うちの会社では、金属技術者はせいぜい課長止まり」と冷たい言葉を浴びせられた鈴木は、会社に頼らず生きていこうと決めていた。入社8年目、30歳の時に合格者の平均年齢が約40歳という国家資格、技術士を取得。それまで工場で学んだ技術を棚卸しし、いつでも転職できるようにと考えたからだ。

 79年には赤字続きのカナダ工場に「飛ばされた」(鈴木)。それまで桑名製作所の労務管理を担当していた鈴木は、社員食堂の運営方法などを巡って度々上司と衝突。そんな中、カナダへの赴任辞令が出たのだ。

 赴任を告げられた夜、鈴木はやけ酒を飲んで妻に電話した。「カナダに行くことになった。ついてくるか?」。その時、「いいわよ」という妻の一言がなければ、会社を辞めていたと鈴木は振り返る。

コメント0

「日経ビジネスが描いた日本経済の40年」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック