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【時代のリーダー】天坊 昭彦・出光興産社長

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2009年8月5日(水)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

2008年9月1日号より

孤高の経営を続けてきた出光興産を上場させ、経営危機から救った。
経営理念「人間尊重」を後世に残すため、変わり続けることを求める。
日本企業初の海外での製油所建設を決断。攻めの社風を復活させる。

=文中敬称略(小笠原 啓)

天坊 昭彦(てんぼう・あきひこ)氏
1939年生まれ、68歳。64年東京大学経済学部卒業後、出光興産に入社。石油開発部門、米国駐在などを経て、88年出光ヨーロッパ社長。91年6月取締役経理部長、98年6月常務、2000年6月専務。2002年6月に社長に就任。2008年5月から石油連盟会長。(写真:菅野 勝男)

 「情けない。何でもかんでも聞きたがるのではなく、自分で考えてほしい。社長が言っているからといって、鵜呑みにしないように」

 7月28日、出光興産の本社会議室は、1人の声を除いて静まりかえっていた。声の主は社長、天坊昭彦(68歳)。中堅幹部の研修に先立って質問を募集したところ、その内容に覇気がないことに危機感を募らせていた。だが、口調は優しい。親が子供を鍛えるかのように、あえて厳しい言葉を使う。そんな空気が会議室を覆っていた。

 「明治維新が成功したのは、日本人が武士道の精神という中核を持っていたから。これから出光が変わっていくためには原点を忘れてはならない」


群を抜く度胸と先見性

 天坊の言う原点とは、創業者・出光佐三が掲げた理念「人間尊重」。事業を通じて社員一人ひとりが世の中で信頼され、尊敬される人間になれば、会社も社会に貢献できるという意味だ。石油業界を取り巻く環境は厳しい。生き残るためには、もう一度原点を問い直す必要があると痛感していた。

 天坊は2002年に創業家以外から25年ぶりに社長に就任し、株式を公開することで出光の同族経営に終止符を打った。経営不安の淵から出光を救い、成長への道筋を作った男だ。「天坊がいなかったら、出光という会社は今頃、存在していなかったかもしれない」。副社長の中野和久はこう述懐する。

 このような部分だけを取り上げると「豪腕経営者」のようにも映るが、外見からそんなオーラは感じられない。

 長身かつ痩身で、文学者のような風貌。喜怒哀楽を表に出さず、常にソフトな物腰を保ち続ける。6年半の間、秘書として天坊を支えてきた片柳信子は「とにかく人の話をよく聞く。これまで一度も怒鳴っている姿を見たことがない」と証言する。

 声を張り上げて部下を鼓舞することもなければ、泥臭く先頭に立って物事を動かすことも好まない。重視するのはコンセンサス。多くの人が描く強いリーダー像とは程遠いだろう。天坊自身も「皆が納得した結論に“ふわっと”乗っかっていくタイプ」と語る。

 だが、天坊の目を一度でも見れば、並の人間でないことはすぐ分かる。

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