先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。
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2009年5月11日号より
IT業界から転身、「グローバル経営」を武器に甘えの構造をあぶり出す。
希代のマキャベリストか、あるいは純粋に過ぎる改革者か。
おもねらず、恐れず、ただ貫徹するのみ。その意思がV字回復を牽引した。
=文中敬称略(池田 信太朗)
壇上のスクリーンに、1台の赤いバスのイラストが投影された。
2009年2月26日、日本マクドナルドホールディングスの社員やFC(フランチャイズチェーン)店オーナーなど総勢3500人が神戸コンベンションセンターに集まった。同社の経営戦略を、社内外の関係者が共有するためのイベント「マクドナルド・ジャパン・コンベンション」が開催されていた。

1948年長崎県生まれ。東海大学工学部を卒業後、アップルコンピュータ日本法人などを経て2004年日本マクドナルドホールディングスに転じる。現在、社長・会長・CEO(最高経営責任者)を兼ねる(写真:的野 弘路)
壇上でマイクを握るのは、CEO(最高経営責任者)原田泳幸、60歳。静かな自信を感じさせる落ち着いた口調で、就任からの5年間を振り返る。
「全店売上高(FC店の売上高を含む全店舗の売上高の総計)、5183億円」。会場がわっと沸く。日本の外食産業で初めて5000億円の大台に乗せた。「経常利益182億円、当期純利益123億円」。減収減益は当然のこと、赤字決算すら目立つ外食産業にあっては「独り勝ち」の観がある好業績だ。社員たちから歓声が上がった。
売上高の伸びを描いたグラフが、壇上のスクリーンに大写しされる。見事に右肩上がりの弧を描くそのラインの傍らに描かれているのが、「赤いバス」のイラストだ。
同社の社員たちがそのイラストを目にするのは5年ぶりのことだった。強烈な記憶として目に焼きついている赤いバス。原田がそこに込めた真意を、誰もがよく知っている。
「バスに乗るか、乗らざるか」
5年前の2004年5月、原田は、同じイラストの前に立っていた。
同年2月、アップルコンピュータ日本法人の社長から日本マクドナルドのCEOに転じた。IT(情報技術)業界から外食業界への意外な転身に、新聞や雑誌には「マックからマックへ」の見出しが躍った。その直後、原田は全社員を集めてこう突きつけたのだ。
「私の運転するこのバスに乗るか、乗らないか」
当時、同社の業績は危機的な状況にあった。2003年9月まで24カ月連続で既存店売上高が前年同月比マイナスに沈み、決算は2期連続の最終赤字を喫した。来客数の落ち込みに歯止めがかからない。
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