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【時代のリーダー】川村 隆・日立製作所会長兼社長

巨艦再建、「死中に活あり」

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2009年8月17日(月)

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先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

* * *

2009年7月20日号より

製造業で過去最悪となる決算を計上、創業以来の苦境に立つ日立製作所。
再建を託されたのは本流を歩み続けたが、一線を退いていた元エース。
自らを「淡きこと水のごとし」と言う怜悧な男は、巨艦復活を果たせるのか。

=文中敬称略(秋場 大輔)

 年明け以降、電機最大手の日立製作所で激震が続いている。最初の揺れは、2009年3月期連結決算で最終損益が7000億円の赤字になるとの見通し(最終的には7873億円に拡大)を発表した1月30日のことだった。そこで年間2000億円の固定費削減、3000億円の資材費低減、グループ全体で 7000人の従業員の配置転換・削減などの緊急業績改善策を打ち出したが、「日立ショック」はこれにとどまらなかった。

再建の成算、一晩考えトップに

川村 隆(かわむら・たかし)氏
1939年北海道生まれ、69歳。東京大学工学部電気工学科を卒業後、日立製作所に入社。95年取締役に就任、99年副社長。2003年6月に日立ソフトウェアエンジニアリング会長就任。2005年6月日立プラント建設(現日立プラントテクノロジー)会長、2007年日立マクセル会長。2009年4月から現職。趣味のスキーは今年4回出かける予定だったが、会長兼社長就任で「2回に減った」とぼやく。
無類の読書家。好きなジャンルは古典文学と言う(写真:村田 和聡)

 3月16日には当時社長だった古川一夫が副会長(現特別顧問)に、会長だった庄山悦彦(同相談役)が取締役会議長に退き、子会社の日立プラントテクノロジーと日立マクセルの会長を兼務する川村隆が、4月1日付で日立本体の会長兼社長に就くと発表した。

 先立つ2月3日、日立は「庄山-古川」体制の継続を骨子とする新年度の経営陣を決めている。それが突然覆ったばかりか、OBに後事を託した。さらに川村を支える副社長として、子会社に出ていた八丁地隆と三好崇司も呼び戻された。

 異常事態には社内の大半も驚いたが、本人たちも困惑した。この3年で3回ポストが変わった三好は最初、「ふざけんなと思った」と言う。ならば最も衝撃が大きかったであろう川村の心境はいかなるものだったのか。

 異変に気づいたのは昨秋だった。リーマンショック後、日立マクセルの受注が急減したためだ。日立は例年3月と9月に本体の役員とグループ会社のトップが集まり、数日かけて予算会議を開く。昨年9月の予算会議の場で他の出席者に聞いてみると、一様に「ひどいもんだ」という答えが返ってきた。

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