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“まねっこ”動物園からの脱却を目指す男たち

小菅正夫(旭山動物園名誉園長)・岩野俊郎(到津の森公園園長)・島泰三(NGO日本アイアイファンド代表・理学博士)

  • 酒井 香代

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2009年8月7日(金)

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 アクリルのトンネルを入園者が歩けば、見上げる空を背景にペンギンたちが空を飛ぶように泳ぐ。ちょうど入園者の頭半分が水面上に見えるように工夫された水槽では、ホッキョクグマがまるでおそいかかるように観察者の方に向かってダイブする。

 北海道旭川市立の旭山動物園のこうした「行動展示」は、行ったことがなくとも、テレビなどで見たことのある人も多いだろう。地方の小さな公立動物園は、この10年、「行動展示」によって大きな変ぼうを遂げた。

「行動展示」は成功の秘訣だろうか

 1996年には年間入園者数が26万人にまで落ち込んでいた。しかし、97年から「こども牧場」・「ととりの村」など次々と新しい展示方法を生みだし、2006年度には年間入園者数300万人を突破した。夏季限定でいえば、日本一の入園者数を誇る上野動物園(東京都立・恩賜上野動物園)を超えた。

 創立40周年を迎えた2007年度、旭山動物園の入園者数は過去最高の307万2353人を記録し、2008年度は約1割減ったものの、276万9210人と、1位の上野動物園の入園者数と約13万人の差にまで迫った。

 地方の小さな動物園の復活の秘密は何か。子ども連れや動物好きや観光客に交じって、それを探ろうと旭山動物園を訪ねる入園者も後を絶たない。
 実際、旭山動物園の「見せ方」を真似る施設も現れるようになってきた。

 この旭山動物園の復活劇をスタッフとともに引っ張ってきたのは、この3月で定年退職し、名誉園長になった小菅正夫だ。「行動展示」は、2001年から小菅が提唱してきたひとつの解決策である。

動物園不要論がささやかれ始める

 1948年、札幌生まれ。動物好きで育った少年が選んだ進学先は、北海道大学獣医学部だった。とはいえ北大を選んだ最大の動機は、北大柔道部で柔道をすることだった。ほぼ柔道に明け暮れた学生生活も終盤、動物と実際にふれあい治療・臨床の仕事をしたいと希望する小菅は、適当な就職先も見つからずに留年を決意し、その届けを出しに大学を訪れた年度末に、旭山動物園の求人票と出会った。

 1973年に、旭山動物園に入園。「こんなに好きなことをして、給料をもらっていいのか」というほどの楽しい日々は、やがて陰りを見せ始める。

 1960年代後半から日本には動物園開園ラッシュが起こっていた。1966年からのおよそ10年間に20近い動物園が開園していた。入園者数の勢いも、80年代に入ると衰え始め、90年代には地方の動物園の運営は厳しさを増した。

 67年開園の旭山動物園も例外ではなく、経営母体である、旭川市議会では、動物園不要論もささやかれるようになった。

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