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ハケンから始まっていた映画監督への道

蛙男商会(FROGMAN)の「劇的3時間クリエイティブ講座」【前】

2009年10月22日(木)

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FG 映画の間に入るニュースだったり、「読売新聞ニュース」という新聞の紙面を背景にして、キャスターの方が読むっていうニュース番組があったんですが、僕はずっとその新聞紙面をテレビカメラで撮ってたんですよ(笑)。

山中 さすがに気づかれたわけですよね、これはどうも違うって。

映画会社に入ろうとしたら、派遣になっちゃった!

FG 1年くらいやって、このままだとカメラマンになっちゃうと思って辞めました。でも、カメラはカメラで楽しかったんですよ。レンズって広角や望遠があって、シャッタースピードを変えるとこうなるんだとか、いろいろ参考になったんですけど、やっぱり映画監督になりたかったんで。

 それで、フリーターになって「フロムA」を読んでいるうちに、東映の関連会社でアームっていう、東映で働くフリーランスの人たちを派遣するいわゆる派遣会社なんですが、そこに登録して、そこから劇映画の世界に入るわけですね。

山中 どんなお仕事をされてたんですか。

FG 映画監督になるためにはいろんなパートを知らなきゃいけないだろうと言われて、最初は照明の助手をやらされまして、次は制作部の助手。これはいわゆる撮影の段取り屋さんなんですよ。ロケ現場を見つけたり、スタッフが滞りなくちゃんと集合場所に来るように「明日何時です」って電話したり、車や弁当や泊まるところを手配したり、警察に引っ張られたりとかいうのもあるんですけど(笑)、そういう対外的な、いわゆる撮影隊の縁の下の力持ちみたいなことをやらされてたんです。

 撮影部は撮影のこと、照明部は照明のことと、みんなそれぞれの専門職があるんですけれども、それだけじゃ埋め切れないいろんなスキマがあるじゃないですか。そのスキマを埋めるのが制作部なんです。だからもう多岐にわたるんですよね。トイレットペーパーがないという時も我々の仕事なんですよ。

山中 やりがいはありましたか?

FG きつかったですけど楽しかったです。制作部の仕事をやって一番よかったのは、映画のいわゆるスタートから完成までを全部ひととおり見ることが出来たということですよね。

 撮影部にいたらアシスタントは本当に現場しか知らないんですけど、制作部は企画がこう上がって来て、最初の初稿が上がったところから完成まで、ともすれば宣伝部から配給の手伝いなんかも出来るんですよね。どういう人たちが関わって、どうやってこの映画は出来ていくのか、どういうところにお金を使っているのか、どこでトラブルが起きるのかを見ることが出来たっていうのはすごくいい経験でした。

どんなに辛くても、とにかくそこにいるしかなかった

山中 でも相当きつかったんじゃないですか?

FG きつかったですね。本当にきつくて、なんでこんなに割の合わないことをやらなきゃいけないんだろうと思ってました。その時にどこでも寝れるという習性を身につけました。例えば夜中の2時に終了。でも翌朝6時集合って言われたら4時間しかないじゃないですか。家帰ってたら時間なくなっちゃうんですよ。だったらもう直接次の集合場所――例えば新宿スバルビル前とか、渋谷パンテオン前とかあるんですけど、そこに行って車止めて寝るんですよ。5分でもいいから長く寝なきゃいけない。

山中 サイドブレーキをガッと引いて……。

FG そう。ガッと引いた瞬間に寝る。夏だろうが冬だろうがどこでも寝る。それは我々制作部の生きるための鉄則でしたね。

山中 これは、ずっと続けていたら監督になれるとか、そういう思いがあったから耐えられたんですか?

FG いや、それよりも映画界ってここしかないんですよ。もしこれが映画じゃなくて、例えばどっかのラーメン屋さんに勤めて、対人関係やお店自体が嫌だと思えば、別のラーメン屋さんに移れるんですけども、僕らって基本的にフリーランスなんで「日本映画が嫌だ」と思ったら、映画業界一生関わり持てなくなっちゃうんですよね。意地でも映画やろうと思ってたんで、辞めるにも辞められなかった。

山中 とにかくそこにいるしかない。

FG ええ。映画業界ってそんなに広くないですから、いつか絶対また嫌な奴とも仕事しなきゃいけない。ですから、そこはもうどんなに理不尽なことを言われようが、条件の悪いことを言われようが、しがみついていくしかないなと。

山中 なるほど。しかしそこまで思い詰めていた方がなぜ島根に引っ込まれたんですか。

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「ハケンから始まっていた映画監督への道」の著者

山中 浩之

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス副編集長

ビジネス誌、パソコン誌などを経て2012年3月から現職。仕事のモットーは「面白くって、ためになり、(ちょっと)くだらない」“オタク”記事を書くことと、記事のタイトルを捻ること。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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